地域の総合プロデュースという難問

しかし日本の多くの観光地では、交通需要マネジメントは放置されていたり、あるいは手をつけてはいても、実質的には機能していなかったりする。

なぜなら、そこには地域の総合プロデュースという難問が出現するからである。第1に大地主が少ない日本の地域事情のなかでは、多くの利害関係者に向き合わなければならない。地域全体としての観光客流入量の適切さだけではなく、個々の観光事業者や住民におよぼす個別の影響にも目を向けなければ、地域の総意をつかむことはできない。

第2に観光客流入量の最適化は、ただでは実現しない。一定のコスト負担が必要である。交通対策の実質化には、課金の仕組、そしてその負担と分配をめぐる利害関係者の調整が欠かせない。

国道169号では20キロ以上の交通渋滞が常態化

奈良県の中央部に位置する吉野町。吉野山を擁する吉野町吉野山区は、紀伊半島の山間地の小さな町である。主力産業は製材業と観光業。人口は今では500人ほどになっている。ここに観桜期の1カ月ほど、30万~40万人の観光客が集中して訪れる。その多くはマイカーや観光バスだ。

以前は観桜期の休日になると、国道169号線で20キロ以上の深刻な交通渋滞が常態だった。吉野山に向かう観光客は、いつになったら目的地に着くかがわからないまま、延々と車中に閉じ込められ、付近の住民は、休日の車での外出をあきらめていた。連なる車の排ガスが山の桜に与えるダメージも心配されていた。

観光客のためにも、住民のためにも、そして山の桜のためにも、交通需要対策が求められていた。

「パーク&ライド」だけでは解消しなかった

吉野山における交通需要マネジメントは、2005年までの第1期、2006年からの第2期、2012年以降の第3期という3つの時期にわけられる。そして交通渋滞が劇的に改善したのは、第2期においてである。

第1期の吉野山の交通需要マネジメントでは、ピーク時の山内の自動車乗り入れ規制と、山外に設けた観光駐車場からのシャトルバス運行、いわゆる「パーク&ライド」だった。費用は観光駐車場の料金でまかなっていたが、赤字続きであり、交通渋滞もさほど解消しなかった。

第2期を主導したのは、吉野山の交通問題に気づいた旅行会社のJTBである。第1期の問題点を調査によって把握し、対策が練られた。

大きな問題は、休日になると、狭い道に観光バスが殺到することだった。そこで、駐車場容量を拡大するととともに、大阪方面と名古屋方面からの車を引き込む観光駐車場を別々に設け、その先の交差点での混乱を避けるようにした。警備員配置の数と範囲も拡大し、駐車場の満車状況に応じてシャトルバスの運行状況を切り替えるなど、刻々と変わる状況を把握しながら一元的に指示する統括責任者を置くようになった。

あわせて観光バスについては駐車場利用を予約制にしたうえで、ピーク時には駐車料金に「協力金」を上乗せすることで、需要の分散化をうながした。この協力金はマイカーにも課すことにし、観光駐車場以外の民間駐車場においても同様の対応を依頼した。