山田は“潜入”を終え、「一生忘れられない経験だった」と言った。

現場で働いている人の目線になるというのは、並大抵のことではない。きっと1日働いたくらいではほんとうの意味ではわからないだろう。けれど、実際に現場で働く人の思いを実感しているかどうかで、同じ「風通しのいい会社にしたい」という一言でも、重みや深みがまったく変わってくる。潜入した「ボス」は、数字だけでは測れない“人間”の思いや努力を目の当たりにしたのだ。

後日、「駒井」と関わった従業員たちは本社に呼び出される。「初めて来た」だとか「研修以来で緊張してる」「なにかやってしまったかな」と口々に不安を口にする。それだけ、現場と本社が“離れている”ということだ。ここで、社長が彼らに正体を明かす。

ネタバラシの先にあるカタルシス

通常、こうしたドッキリ企画の一番のカタルシスは、ネタバラシの瞬間だ。

「実は、私は社長なんです」

そう明かした瞬間の従業員たちの表情。驚きや困惑、焦り。何か問題のある言動をしなかったか、猛烈な勢いで頭の中で考え戸惑っている。

そんな様を見て、当事者ではないから無責任に楽しむことができる。

だけど、この番組は違う。カタルシスはもう少し先にある。それこそがこの企画の核心だろう。

社長はネタバラシをするだけではない。実際に現場で働いてみた感想を述べ、彼らの努力を認め称賛し、会社としての改善策を提示するのだ。

それを聞いて、従業員たちは本当にうれしそうな表情になった。中には涙を流した人もいた。

待遇が良くなることだけが、働いていてうれしいのではない。本当に認めてほしい人や、直接認められるとは想像すらできない人に、思いがけず認めてもらえる――。これに勝る喜びはなかなかない。提示される改善策も、頭で考えただけでなく、現場で“当事者”になった上でのものだから、とても具体的だ。

彼らは本当の意味で報われたのだ。その瞬間こそ、この番組の最大のカタルシスになる。『覆面リサーチ ボス潜入』は、そうした喜びを呼び起こす、もっとも幸福なドッキリ番組だ。

僕らの大半は“使われる側”だ。そして日々、自分なりの努力をしながら、誰かを思い浮かべ、その人に認めてほしい、わかってほしいと願っている。だから、番組を見ているだけの僕らも自然と“当事者”のひとりになって、従業員の思いに感情を重ねられる。

分かり合える瞬間の表情を見ることが、こんなに感動するとは思わなかった。だが、その感動の大きさは、普段いかに現場との距離が大きいかという証明でもあるのだ。

戸部田誠(とべた・まこと)
1978年生まれ。ライター。ペンネームは「てれびのスキマ」。「週刊文春」「水道橋博士のメルマ旬報」などで連載中。著書に『タモリ学』『コントに捧げた内村光良の怒り』『1989年のテレビっ子』『人生でムダなことばかり、みんなテレビに教わった』など。
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