うつの診断テストの功罪
最近、ウェブサイトなどでうつ病のチェックリスト(※1)をみたり、専門家向けの診断マニュアルを携えたりして、「先生、私はうつ病ではないでしょうか?」と来院される方がいます。私の経験から言うと「まず問題ない」となるのですが、これはどのように考えればいいのでしょうか。
注意点は、チェックリストはその時の気分に左右される、ということです。チェックリストにすがる時は、何か心配や不安がある時です。またチェックすること自体から生じる緊張などから、点数は悪くなりがちのように思えます。チェックリストの結果、「×点以上はうつである(の疑い)」と断定された人が、翌日に再度チェックをやってみると正常圏内に戻ることもままあります。どう考えればいいのでしょうか。1日でうつ病は治ったと考えるのでしょうか。
臨床で使用するチェックリストは、あくまで臨床所見(症状など)と組み合わせて使用します。あくまで補助診断なのです。診断にどれくらい応用するかを判断するのも臨床の技なのです。
専門家向けの診断マニュアルには、「しっかりとした訓練を受けた(熟練した)医師が使用するように」「診断基準の適切な使用には豊富な臨床研修を必要とし、またその内容は料理本を使うように簡単に適用することはできない」とただし書きがあります。
そもそも、チェックリストを持参するような人は精神的健康度の高い人が多い、と思います。なぜならうつ病の中心症状の一つである意欲低下(減退)は、このような行動ができなくなることをいうからです。わかりやすくいえば、動けなくなるのです(※2)。
私は、このような初診の患者さんに対しては、笑いを交えつつ「心配性だね」と返し、睡眠・食欲の変化などについて尋ね、これらの変化に注意するよう。一応の注意を喚起して終了します。
結局、信頼できる情報源から得た知識で「うつを知る」ことこそが、早期発見、ひいては早期治療のコツなのです。
次回は「うつ病にまつわるまことしやかな誤解」をお送りしたいと思います。
※1:どうしてもという方にチェックリストをひとつ上げておきます。
PHQ-9(Patient Health Questionnare-9:日本語版「こころとからだの質問票」https://www.cocoro-h.jp/depression/index.html)は、質問票としては限界がありますが、割とよく考えられています。患者さんだけでなく、医師(特にプライマリケア医)にもお薦めです。
※2:精神医学では意欲という言葉は、教育場面などで使われるやる気・積極性などとは異なり、意志(何かをやりたい気持ち)+欲動(睡眠欲・食欲・性欲など)をいいます。自ら感知しやすいのは、どちらかと言えば意志より、欲動の低下のようで、うつの早期発見のいいセンサーになるようです。
国際医療福祉大学 福岡保健医療学部 精神医学教授。
1952年佐賀県生まれ。九大法学部を卒業後、精神科医を志し久留米大学医学部を首席で卒業。九州大学病院神経科精神科で研修後、佐賀医科大学精神科助手・講師・その後佐賀県立病院好生館精神科部長を務め、2012年4月より現職。この間佐賀大学医学部臨床教授を併任。