うつ病の治療書には「患者さんが『死にたい』と話していれば、自殺を思いとどまるように約束をしましょう」と書かれています。しかしこれは肺炎の患者に「熱を出さないように」と約束するようなものです。国際医療福祉大学の原富英教授は「むしろ約束をすることで、うつ病の回復が遠のくリスクがある」といいます――。

交通事故死者の約6倍もいる自殺者たち

森友問題では、やはり犠牲者がでました。これは「名誉の死」なのでしょうか。それとも一身に責任を負ういわゆる「切腹(ハラキリ)」でしょうか。自殺の本質とは何か。このような悲劇が起こるたびに考えさせられます。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/tommaso79)

1998年に年間の自殺者は3万人を超え、その後14年の長きにわたって3万人越えが続きました。最近は、厚労省の必死の努力もあり3万人を切っていますが、依然として毎年2万人以上の人が自ら命をたっています。2017年の自殺者数は2万1140人で交通事故死者数3694人の約6倍にも達しています。

自殺に関しては、自殺者の約5~7割が、精神疾患にかかっており、そのほとんどがうつ病であったという多くのデータ(※)があります。自殺の予防にはうつ病対策が重要であることは間違いありません。

さて、うつ病の治療書には必ず患者さんに「自殺念慮(死にたくなること)」の有無を確認し、そうであれば実行しないように患者さんと約束するようにとあります。では、うつ病の主要な症状である「自殺念慮(自殺企図)」に関してのみ、実行しないように約束できるものなのでしょうか。

※高橋祥友著『医療者が知っておきたい自殺のリスクマネジメント』(医学書院)の9ページに、Conwellら(1991)の研究結果が紹介されている。

うつ病に必須の症状に「死にたい」がある

私は、うつ病を診断するときに、「自殺念慮」は必須の症状であると考えています。

ただしこれは死にたいという言葉では語られません。「どこか遠くへ行きたい」「次の一瞬生きるのがもうつらい」などの言葉や雰囲気が見て取れてこそ、うつ病という診断を下せます。うつは「死にたくなる病気」なのです。自殺念慮がないうつ病はないと断言できます。

米国精神医学会が作成したDSM-5(精神障害の診断と統計マニュアル第5版)には、うつ病の診断基準の1つとして「死について繰り返し考える」という項目があるくらいです。