ニモもドリーも仲間たちも“障害者”だった

日本人はそういうデリケートなテーマを大衆娯楽としては観たくないのだ、と言われればそれまでです。ただ、日本でも興収110億円の大ヒットを記録したCGアニメ『ファインディング・ニモ』(2003年)に登場する海水魚のニモは、(劇中ではそういう言葉では説明されませんが)“障害者”でした。ニモは右ヒレが成長不良で小さいため、うまく泳げないのです。しかしニモの両親はこのヒレを「幸運のヒレ」と呼び、ニモの個性として尊重していました。まるで『グレイテスト・ショーマン』における劇団員たちの身体的特徴のように。

『グレイテスト・ショーマン』の宣伝ポスター。

しかも、ニモの相棒のドリーは重度の健忘症という、明らかに生活上の支障をきたす“発達障害”の一症状のようなハンデを抱えています。ドリーは続編の『ファインディング・ドリー』(2016年)で主役ですが、ドリーの重大なハンデは巧みにエンタテイメントへと昇華され、見事なカタルシスを観客に提供していました。しかも同作には、本来8本あるはずの脚が7本しかないタコ、弱視のサメ、能力不全(と思い込んでいる)のイルカが登場します。仲間たちも“障害者”という驚くべき作品でした。

ハリウッドはこのように、一見して扱いづらいテーマを、老若男女誰もが観られるようなエンタテイメントに仕立てることに関して、非常にチャレンジングです。それは身体の外見的特徴に限りません。難病、人種や職業への差別、LGBTといったセクシャリティに関することなど、範囲は多岐にわたります。

もちろん、ハリウッド作品のすべてが「適切」で「傑作」というわけではありません。ただ、どんなテーマにも臆することなくチャレンジする彼らの「覚悟」は、日本の映画界も見習ってよいのではないでしょうか。

『映画 聲の形』がみせた日本映画の可能性

そんなことを考えていて、ひとつ思い出した作品があります。2016年に公開された日本のアニメ作品『映画 聲(こえ)の形』です。同作は聴覚障害者の少女と彼女を取り巻く少年少女たちとの心の交流や葛藤、衝突や成長を描いた青春物語です。テーマは非常にシリアスですが、老若男女誰もが楽しめるエンタテイメント作品に仕上がっており、興収23億円のヒットを記録しました。もしかすると、日本流の「覚悟」とは、こんなところに潜んでいるのかもしれません。

『ファインディング・ニモ』を物心つかぬうちに観て、ニモの小さなヒレを憐れみや後ろ暗さなく「幸運のヒレ」として前向きに解釈した子供たちは、そろそろ成人を迎えるか、社会に出始める頃です。そう言えば、筆者が一昨年の秋に足を運んだ『聲の形』の上映館には、それくらいの年頃の男女がたくさん来ていました。もし今後、日本の映画界に「覚悟」のある作品がもっと増えれば、その「覚悟」はきっと“ニモ世代”の彼らが受け止めてくれるでしょう。