日本の映画会社が「あえて危ない橋を渡る」か?

それでも、これだけ“地雷”だらけの題材を、一級の大衆向けエンタテイメント作品として成立させたハリウッドの偉業には、喝采を送ってしかるべきだとも思いました。

想像してみてください。もしあなたが映画会社の重役で、「起業家が金儲けのために“奇形者”を集めて見世物小屋を作る話」の映画化企画が持ち込まれたら、あえて危ない橋を渡るでしょうか。きっとゴーサインを出すことに躊躇すると思いますし、おそらく日本の大手映画会社も同じように考えるでしょう。低予算のインディーズ映画や小規模公開作品ならまだしも、世界展開する大作映画で「奇形者」とは……と。

しかし、ハリウッドはそうは考えません。「待てよ、身体的特徴を“個性”と捉えて、彼らが自分たちの居場所を見出す物語とすれば、現代的なテーマに昇華しうるのでは?」。……という議論があったかどうかは定かではありませんが、脚本と主題歌の「THIS IS ME」にはそういうロジックと志がハッキリと表れています。

(C)2017 Twentieth Century Fox Film Corporation

アメリカでは観客の口コミでヒット

『グレイテスト・ショーマン』の製作者は、「ご都合主義」や「偽善」という批判があることをあらかじめ想定したうえで、この企画を進めたはずです。その理由は、それらの批判をねじ伏せるだけのカタルシスを観客に提供できるという自信があったからではないでしょうか。実際、観客の満足度は非常に高いようです。

本作は昨年12月に本国アメリカで初公開されています。ただ、当初は評論家受けが芳しくなく、初日から3日間の興行収入は全米で880万ドルと伸び悩みました。

しかし公開後の観客評価はすこぶる高く、口コミが広がって2週目(興収1550万ドル)と3週目(興収1380万ドル)に盛り返します。この手のビッグタイトルが初動の不調を観客の口コミでひっくり返す事例は米国にほとんど存在しなかったため、話題になりました。結果、同作は2月21日時点で1億5700万ドルの興収を上げるまでになりました。

昨今のハリウッド映画は「大味なブロックバスタームービーが多い」「人気シリーズの続編やリメイクばかり」などと手厳しく言われることもあります。しかしデリケートなテーマをエンタテイメントに昇華する機運は、まだまだ衰えていません。個々の作品について「物語として仕立てる手腕が優れているかどうか」にはさまざまな意見があると思いますが、シリアスなテーマから逃げない「覚悟」は、手放しで称賛できるものだと思います。

日本では「奇形」はカルト映画になってしまう

翻って、日本の映画界はどうでしょうか? たしかに“奇形者”や“障害者”を扱った映画は珍しくありません。過去には石井輝男監督の『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』(69年)というカルト映画がありましたし、2010年には若松孝二監督が、同じく江戸川乱歩の小説『芋虫』からインスピレーションを得た『キャタピラー』という作品を撮っています。ただし2作とも大衆娯楽作品というよりは、「カルト映画」「異色映画」といった趣です。『グレイテスト・ショーマン』のようなエンタテイメント超大作(製作費は8400万ドル/約90億円。『ラ・ラ・ランド』の2倍以上)ではありません。

日本では、エンタテイメント大作で奇形や障害といったテーマを正面から描くことは避けられがちです。しかし『グレイテスト・ショーマン』が示すように、「覚悟」があれば、デリケートなテーマをエンタテイメントに組み込むことは十分に可能のはずです。そんな「覚悟」を日本映画界に望み、日本の映画産業に今まで以上の広がりと深みを求めることは、筆者の過分なワガママなのでしょうか?