2017年は藤井聡太四段の活躍、加藤一二三九段の引退と大いに賑わった将棋界だが、その陰で将棋界の最高峰・佐藤天彦名人がコンピューター将棋ソフトに屈した年でもある。トップ棋士がAI(人工知能)に負けた、という結果ばかりが報道されてきたが、そもそもコンピューターはどんな将棋を指すのか。人間はAIに勝てるのか。そんな疑問を11月19日に訪れた「JT将棋日本シリーズ/テーブルマークこども大会」決勝戦の会場でお会いした日本将棋連盟常務理事の鈴木大介九段にぶつけてみた。

2017年は名人がコンピューターに負けた

「JT将棋日本シリーズ」は、公式戦のタイトルホルダー(竜王・名人・王位・王座・棋王・王将・棋聖)と前年度のJT杯覇者、それに賞金ランキング上位者を合わせたトップ棋士12人が、超早指しルールで棋戦優勝を争うトーナメント。決勝戦は連覇を狙う豊島将之JT杯覇者(右)と山崎隆之八段。熱戦の末165手で山崎隆之八段が勝利した。

「コンピューターは“居飛車党”ですね。コンピューター将棋ソフトのトップを決める『将棋電王トーナメント』で一つだけ振り飛車しか指さないソフトがありましたが、上位にはいけませんでした。人間なら少しぐらい損でも、指しやすさや気分で手を決めるところがありますが、コンピューターは評価値が下がる手は基本的には選びません」

振り飛車は、一手かけて飛車を左に動かして攻める戦法。四間に振ったら四間飛車。中央に振ったら中飛車。振ったら普通は飛車先の歩を突いていくのが常識。ところが、飛車を回したところからコンピューターに考えさせると、もう一手かけて元へ戻してしまうこともあるそうだ。それを最善手と判断するのだ。

現在の若手棋士の対局では、ほとんどが居飛車だという。これもやはりコンピューター将棋の影響なのだろうか。

「いえ、昔から振り飛車は亜流と言われ、王道ではありません。大山康晴先生(故人・十五世名人)までさかのぼらないと長くトップに君臨された方はいませんし、大山先生が振り飛車に変えたのも中年です。歴代の名人にも振り飛車党はいないというのが最大の理由ですね」

鈴木大介九段。1974年、東京都生まれ。日本将棋連盟常務理事。1994年、プロデビュー。振り飛車党であり、藤井猛九段、久保利明王将と共に「振り飛車御三家」と呼ばれる。

にもかかわらず、アマチュアに振り飛車党が多いのは、基本、守りは金銀3枚、攻めも飛車角銀桂なので、定跡を覚えようという人にとっては覚えやすい。振り飛車は序盤の20~30手がとても楽なのだ。ただ「待ちの戦法なので、弱点は自ら攻めていくことが苦手です」と鈴木九段は言う。

「振り飛車はボクシングに例えると、距離をおいて戦うボクサータイプ。手数は少なく攻撃にじっと耐え、相手を優位に立たせておいてタイミングを図って相手が打ってきたところをクロスカウンターで仕留める。一発KOですから振り飛車の勝ちは気持ちがいいですね。職人肌タイプと言うか、ある意味、才能型です。だからこそ美しいというか、芸術性は振り飛車に感じます。ただ、プロとしてはそれで勝率が上がるか? が問われます」

居飛車にもいろいろな戦法がある。現在、コンピューター将棋ソフトが多く採用しているのが「雁木囲い」。ざっくり言うと極限まで守備力を落として、攻めて攻めまくる戦法だ。

「バランスがいい手ではないので指す人はあまりいなかったのですが、コンピューター将棋ソフトが採用したこともあり、プロのあいだでも見直され、特に若い棋士の対局では、互いに雁木囲いというのも見かけるようになりました。若手棋士同士が戦う新人王戦だと10局のうち5、6局が雁木です。ところが竜王戦をはじめとした7つのタイトル戦になると、全対局中でも数局出るかどうかです。

これは現在の若手棋士に比べるとタイトルホルダークラス世代はコンピューターとの関わりが薄いということもあると思いますが、逆に言うとこのクラスになると、一つの戦法に頼らず、状況に応じていろんな戦い方が自在にできるということです。だから今、四段を目指している棋士にとっては雁木がいいのです。指し方をコンピューターが全部教えてくれますから、それを真似していれば、ある程度勝てます。

しかし、徐々に雁木囲いへの対策も進んでいます。これまでは雁木には雁木で対抗することが多かったのですが、今は<左美濃>や<矢倉>の急戦形で対抗する形が出てきました。ですから、やがて雁木も廃れていくでしょう。つまり、今は雁木戦法の勝率がいいけれど、それは将棋の正解ではなく流行なのです。現状のコンピューターの力だと雁木が一番ですが、それも数年の命で、だんだん新しいものに変わっていく。進化していくのです」