コンピューターが強くなれば棋士も強くなる
巨大企業がチェスや囲碁の強豪ソフトを開発してきたのに対し、将棋ソフトは市井の人が自己開発で進化してきたという歴史がある。
「ボナンザは序盤から積極的な攻め将棋として有名です。そのボナンザがオープンソース化されたのがブレークスルーとなって、強いソフトが続々と登場しました。いま最強の将棋ソフトの一つに、ボナンザのいいとこ取りをして開発された『PONANZA(ポナンザ)』があります」
電王戦で佐藤名人との二番勝負で2連勝したのがポナンザだ。
「皆さん好きだから、面白いからプログラムの開発をやっているわけです。しかも強いソフトを制作してもお金にはつながらないから、進んで他の人にソースを分け与えるという状況が続いています。これが、企業が100億円投資して開発したと、なるとなかなかソースをオープンにはできないはず。やはり情報を囲ってしまうのではないでしょうか。そういった意味でも将棋はAIの研究に貢献していると思います。
人間と人工知能が戦うというのを最初に提示して、年月をかけてやってきたことをオープンソース化していますから、将棋のプログラム開発の歴史は、モデルケースとしてわかりやすいのです。アルファ碁が自己学習して強くなっていったのも、おそらく将棋ソフトの開発から取り入れたやり方でしょう。
AIが将棋の世界に入ってきてからずっと実験の連続です。ここ数年は人間と人工知能との戦いに焦点が当てられてきました。最近の30局では大幅に人間が負け越していますが、最終的には暗算と電卓の計算勝負のようなもので、いつか人間は勝てなくなるのです。
しかし、コンピューターが強くなれば棋士も強くなる。これまで将棋はAIが飛躍的に強くなるモデルケースを作ってきました。これからは将棋の枠に収まらず、そのプロセスがAI開発に少しでも役立てられればと思います。
自動車の自動運転や医療や教育などでも今後AIはどんどん取り入れられるでしょう。でも、ミスがないということはあり得ない。それはどういう状況で出やすいのか、どういう癖がAIにあるのかとか、そういうことにも役立ててほしいですね」
ともすると「人類に対する脅威」ととられがちな人工知能。将棋は人間と人工知能の対決という構図がはっきりしているだけに、われわれ野次馬も興味を惹かれるわけだ。しかし、人工知能と対峙する棋士にとって人工知能は、自らの存在を脅かす敵ではなく、むしろ新たな可能性を切り拓くパートナーという実感があるという。
その姿勢は遠くない未来における、人間と人工知能の関係のよいお手本になるかもしれない。