だれのための国会なのか
朝日は社説の最後で次のように主張する。
「党首同士が政治家としての力量をかけて真剣勝負を繰り広げる。『言論の府』の名にふさわしい党首討論が見たい」
この沙鴎一歩も真剣勝負の党首討論がみたい。国民もそれを期待している。
しかし現実は与党も野党も党利党略で動き、今年は党首討論が「ゼロ」だった。情けない話である。政治家たちはなにを考えているのだろうか。来年の通常国会までは多少の時間はある。正月休みを挟んで、与党も野党も頭を冷やして考えてもらいたい。
だれのための国会なのか。政治家はどうあるべきか。
一度やるという決まりを作った以上、年に数回は党首討論をやるべきである。それを実行してこそ、国民のための国会だ。そこにこそ国会の存在意義がある。
前述したように読売社説も「討論時間を増やして確実に実施するなど、党首討論のあり方を真剣に見直してはどうか」と訴える。
朝日と読売がここまで同じ主張を展開するのは、いずれも「国民不在の国会運営」と受け止めているからだろう。
いまのところ「党首討論ゼロ」を社説に取り上げたのは、朝日と読売だけである。他の新聞にも社説のテーマとして取り上げてほしい。「国民不在の国会運営」を批判する声は、多ければ多いほうがいい。