義務教育を高校まで延ばし、12年にするべし

先の衆院選でほとんどすべての党が公約に掲げたのが教育無償化である。幼児教育の無償化、大学などの高等教育の授業料減免、給付型奨学金の拡充とバリエーションはそれぞれだったが、財源や制度設計にまできちんと踏み込んだ公約は見当たらなかった。

教育の負担減が共通の公約に浮上した背景として大きいのは、やはり選挙権年齢が18歳に引き下げられたこと。教育無償化は大学受験世代や子育て世代に手っ取り早く訴求する、要するにバラマキ公約なのだ。大学無償化について言えば、日本の大学の3分の1は定員割れを起こして経営が成り立たないという問題もある。国に授業料を負担させて学生を呼び込みたい大学側の思惑もあるわけだ。

高校のカリキュラムを「責任ある社会人」をつくり出すためのものにすべきだ。(AFLO=写真)

サービス合戦で教育無償化を票につなげようというのが政治家の魂胆なのだが、そこを割り引いても教育の無償化は必要だと私は考える。義務教育を高校まで延ばして6・3・3の計12年にするべしというのがかねてよりの私の主張であり、義務教育にする以上、当然、高校も無償化すべきだろう。

今のように所得階層で公的負担額を調整することも、幼児教育の期間を除けば、やめるべきだと考える。そもそも義務教育の目的とは何か。世界市民として21世紀に自立して生きていくための基本的な知識と能力、スキルを身に付けることだと私は思っている。となると9年の義務教育では足りない。

いまの義務教育は途上国時代の産物

現行の義務教育はなかなか教育に投資できなかった途上国時代の産物であって、ほぼ全員が高校に進学する現代にはそぐわない。そこで高校までを義務教育として、高校卒業までに大人になる責任と教養を徹底的に叩き込んで、社会に適応できるようにする。

選挙権年齢が18歳に引き下げられたが、私は30年前から「18歳成人制」を唱えてきた。選挙権を与えるだけでなく、飲酒や喫煙なども18歳で許可する。少年法を見直して、刑法上の責任も18歳から負わせる。すべての権利と責任を18歳で揃えて、これを成人年齢とする。

こうした「18歳成人制」を実現するうえで大切なのは、国を挙げて「高校を卒業するまでに社会人として立派な人間を育てる」という強い意志を持つことだ。高校の卒業式は「成人式」となり、「あなたは今日から立派な社会人として生きていく。これだけの権利があると同時にこれだけの責任が生じる。認めますか?」と宣誓書にサインさせる。送り出す側も送り出される側も誇りが持てる厳粛なセレモニーになるだろう。