「あなたは本当に忙しい人ね」

辞令が出た夜、昂揚したまま帰宅すると、妻はいつも通りの落ち着いたそぶりで迎えた。1990年後半から10年近く、北京で現地進出1号店の店長を務めた際、土日返上の多忙な日々を支えてくれた妻だ。「忙しい人か……確かにオレは鉄砲玉に向いているな」。北京では取引先をゼロから開拓した。「安易に人に頭を下げてはならない」と子供のころから教育される中国人社員に接客サービスを教え込んだ。数々の壁を突破し、「最も成功した外資」の評価を手にする。

帰国すると、ららぽーと横浜店の立ち上げだ。もとは精肉販売出身。肉の売り方に知恵を絞り、売り上げで全社屈指の売り場をつくった。ランドセルなどの季節商品でも全社1位の販売記録を樹立。自他ともに認める“小売りのプロ”だ。

その手腕を見込まれ、ザ・プライス一号店として託されたのは東京・足立区のヨーカドー西新井店だった。20代で初めて精肉担当マネジャーになった思い出の店だ。素性を隠し、視察に行った。「元気がないな。スピード感が全然ない」。社員もパートも覇気を失っていた。

400メートル先の東武伊勢崎線西新井駅前に07年11月、大型商業施設アリオ西新井がオープン。ヨーカドーの新しい大規模店舗を核に専門店や飲食店、娯楽施設が出店した。客の流れが変わり、店歴40年の西新井店の売り上げは大幅に減少。ザ・プライスはその再生の意味合いもあった。