打ち上げ失敗の絶望、そして直前の緊急事態――。さまざまな極限状態をどう乗り越えてきたのか。この道一筋33年、日本の先端技術を担う技術屋の熱き闘いのすべて。
部品点数100万点以上、製作1年半が30分で消える
「マイナス270秒か……」
前村孝志は、無意識に呟く。機械音にも似た女性の声によるカウントダウンは継続していたが、発射管制指揮者は打ち上げを止めた。予定の270秒前に。
総合司令塔に、ため息が漏れる。「風が強いですからね」と、誰かが言う。
我に返った前村は、自分の鼓動がいつもより早いのに気づく。何度経験しても緊張する。思わぬインターバルだが、極限状態が終わったわけではない。その“瞬間”に向かってむしろ深くなっていた。前村は8カ所の神社への成功祈願を思い起こし、もう一度、神に祈る。
総合司令塔の3キロメートル先には、世界一美しいと称される発射台があり、H-IIAロケット14号機が天に向かって直立している。打ち上げを止めた発射管制指揮者は、前村たちがいる総合司令塔にはいない。発射台から500メートルのブロックハウスと呼ばれる地下施設にいて、モニター映像や気象状況などから最終判断を行っていたのだ。
前村は三菱重工業の宇宙プログラムオフィス長であり、H-IIAロケット打上げ実施責任者である。一旦中止されたほぼ5分前に、打ち上げ書類にサインをした。この時点で打ち上げの最終判断は、部下である発射管制指揮者に委ねられた。自分より一回り以上若い40代前半だが、前村は彼に全幅の信頼を寄せている。
「極限の場面で行動できる人間は限られます。打ち上げの最終段階では、私は特定の人しか使わない。なぜなら、成功させなければならないから」
14号機は超高速インターネット衛星「きずな」を搭載。2008年2月15日に打ち上げる予定だったが、最終段階で第2段エンジンの姿勢制御装置に不具合が見つかる。打ち上げは23日午後4時20分~5時55分に延期される。
ロケットは飛行機のように、修理が終わればすぐに飛び立てるものではない。衛星を予定の軌道に乗せる関係から、打ち上げ時間は限定されるのだ。