ロケットの製作および打ち上げにかかる金額は約100億円(衛星は別)。サプライヤー(納入業者)は一次下請けだけで350社を超え、部品点数は実に100万点以上。14号機の場合、製作に要した時間は約1年半。開発期間が10年以上に及ぶ技術も盛り込まれている。

金と時間、さらに多くの人々が注ぎ込んだ労苦とが、打ち上げ後のわずか30分ほどの飛行ですべて消えていく。ロケットは、衛星を周回軌道に運ぶための手段であり、最先端技術の集積であると同時に、「世の中で最も贅沢な工業製品」(前村)である。使用するのは1回のみ。

――タイムリミットぎりぎりのカウントダウン。モニターから若い男性の声で実況が流れ、すぐ後を女性が英語で続ける。31秒前「ウオーターカーテン散水開始」。16秒前「フライトモードオン」。6秒前「駆動電池起動」。1秒前「全システム準備完了」「メーンエンジンスタート」……。08年2月23日午後5時55分。全長53メートルのH-IIAロケット14号機は、オレンジ色の炎を噴出させながら種子島宇宙センターから薄暮の大空へと発射された。その28分3秒後、きずなが宇宙空間で分離される様子が、機載カメラからモニターに映る。総合司令塔内は拍手と歓声で満たされていた。トータルで45回目の成功だった。

07年の春から打ち上げ業務は宇宙航空研究開発機構(JAXA)から、三菱重工に移管(民営化)された。移管1号は月探査衛星「かぐや」を載せた13号機で、このときから前村は責任者を務める。打ち上げは9月に成功するが、14号機と同じような極限状態を招いていた。月と地球の位置の関係で、発射時刻が秒単位で決められていたためだった。ロケット打ち上げは、何事もなくスムーズに運ぶときもある。だが、民営化後、2回連続して手に汗握る打ち上げとなっていた。