コール氏の功績を最後にもう一つ挙げるなら、アンゲラ・メルケルという強力なリーダーを見出したことである。ぶれない信念に基づいた行動と言動で今や揺れ動くEUの守護神にさえなっている。西ドイツのハンブルクに生まれながら、牧師だった父親の関係で東ドイツ育ち。物理学者だったメルケル氏はベルリンの壁崩壊を契機に政治家に転身、統一前に西ドイツで行われたCDUの党大会でコール氏と出会っている。
「コールのお嬢さん」若きメルケル
東西を差別しないことを心がけていたコール氏は、東ドイツ育ちでロシア語は得意でも英語は苦手なメルケル氏がよほど気に入ったのだろう。「コールのお嬢さん」と呼ばれるくらいで、どこに行くにも連れていったという。第4次コール政権では女性・青少年問題大臣、第5次政権では環境・自然保護・原発保安担当大臣に任命されている。
しかし98年の連邦議会選挙で大敗を喫して退陣に追い込まれ、CDUの党首も辞任したコール氏にヤミ献金疑惑が降りかかる。このスキャンダルを党内で追及したのが愛弟子のメルケル氏で、コール氏は党内の主要ポストから完全に外されて、02年に寂しく政界を引退した。
自分の政治の師に引導を渡す「鉄の意志」は、ある意味で師匠譲りといえる。政策的にもメルケル首相はコール氏の路線を踏襲し、徹底してヨーロッパファーストを貫いている。今やドイツの象徴であるばかりか、ポピュリズムや右派勢力が台頭するヨーロッパではメルケル首相が唯一の希望の星だ。
かつてのシュミット首相とジスカール・デスタン大統領、コール首相とミッテラン大統領のように、今またメルケル首相とフランスのマクロン大統領が良好な独仏関係を築いて、イギリスのブレグジットで揺らいだEUの結束を固める求心力になっている。
ヨーロッパの安定という視点で見れば、ドイツの偉大なるリーダーの系譜を受け継ぐメルケル首相の存在は、コール氏の最高の置き土産なのだ。