コンセプトカー「SHINARI」がリアルだった理由

【池田】マツダってデザインコンセプトカーがとても好きですよね。「すぐには実用につながらないけれど、長期的にはこれからのクルマに取り入れられていくよ」というデザインコンセプトを、ずっとやってきました。ところが第6世代に入ってからは、そういう抽象的なものではなくて、かなり具体的な、場合によっては製品そのものではないかと思えるものになりました。(2010年秋に)SHINARIを見て、はっきりと「これは次期アテンザだ」と私は思ったのですが、そこには何か大きな転換があったんでしょうか?

左からマツダのコンセプトカー靭(SHINARI、2010年発表)、雄(TAKERI、2011年発表)、右が3代目アテンザ。

【前田】そうですねぇ。それまでデザインコンセプトというのは“遠い将来、ある要素はもしかして製品に入っていくかもしれない”というレベルのものでした。その(デザイン)コンセプトを使って次の製品を生んでいくというほどには直結していなかったんです。デザイナーのイマジネーションをもっと高めるという意味づけのモデルがほとんどでした。

しかし、SHINARIというモデルはショーに展示するために作ったものではないのです。一番重要なのは、中でクルマ作りをやっている連中の目標値を作ること。だから相当にリアリティーの高い形をあえて作ったんです。リアリティーが高いから、エンジニアにも具体的なターゲットが分かるんですね。例えば、ピラーの位置はここにしたいとか、タイヤの位置はここに付いてないとダメなんだなとか。

【池田】単に象徴的なデザインコンセプトではなく、リアリティーの高いものにすることによって、コンセプトモデルがチーム全体に対して目標を示すものになったということですね?

【前田】はい。実は笑い話がありまして……。SHINARIを作った時、エンジニアがメジャーを持って来て、コンセプトカーを計測し始めたんです。「タイヤの位置はこうで、オーバーハングはこうで、うーんこの距離は……」なんて言い出した。「いやちょっと待て、測って何ミリの話はやめよう。そこまでリアルじゃないよ」と言ってしまいました。リアリティーを高めたと言っても、コンセプトカーですから(笑)。ただまあ、そういう気持ちにさせるというのは当初からもくろんでいたことです。

アテンザのデザインがどんでん返しに

【池田】聞くところでは、現行アテンザのデザインはだいぶ違う形で進行していたのが、途中でどんでん返しがあったらしいですね?

【前田】私がチーフデザイナーだったんですが、完璧な二枚舌でしたねぇ(笑)。実は私の頭の中にあったアテンザの目標値はSHINARIだったんですが、その当時私はデザインのトップではなく、上に別にいたんです(注:フォードから来た、ローレンス・ヴァン・デン・アッカー氏のこと)。で、彼のテイストと全然違うわけです。それを聞きながら作っていたんですが、それをある時ガラッと変えなくてはいけなくなったんです。

【池田】マツダのあらゆるジャンルで、フォードの光と影両方があって、それが今のマツダにつながっていると言うことですね。

【前田】ありますね。別にネガティブな意味ではないですよ。いろんな意味でフォードには教わるところもたくさんありましたが、デザインでいうと目指している所は結構違っていました。これは恐らくなんですが、フォードの大きなブランドの中で、マツダの位置づけは決まっていたんだと思うのですよ。で、『ここに置く』というポジションと、私自身が行きたいというポジションが全然違っていたんだと思います。

コンセプトカー「靭」と、2010年のマツダデザインチーム。左から前田育男氏、ピーター・バートウィスル氏、中牟田泰氏、デレック・ジェンキンス氏。