「人間中心」のインダストリアルデザインとは
【池田】実は今回、「コモンアーキテクチャーとデザイン」というテーマでインタビューするにあたって、話の中心は、いわゆるシェイプの話にはならないのではないかと思っていました。その本質は、「人間中心のクルマ作り」に密接につながるインダストリアルデザインとしてのパッケージや機能を統一したことではないかと思っていたのです。
【前田】まさしくその通りで、それもコモンアーキテクチャーです。コモンアーキテクチャーとデザインの関係については、切り口はいろいろあります。デザインのテイストみたいなものもあれば、人間をどこに座らせればいいかとか、クルマ全体の骨格やプロポーションはどうあるべきか、とか……そういうクルマの本質と直結するような大きなテーマというのは、実はたくさんあるのです。それを全部きちんと定義し直すということを、この世代からやりました。例えばわれわれの言う「骨格」というものはクルマの性能とも直結していますし、パワートレインの形式とも直結していますし、先ほどの人をどう座らせるかとも直結していますし、われわれの機能的な「志」にも直結しています。そういう意味ではデザインにおけるコモンアーキテクチャーは、企業としてのマツダの総合力なんですね。それをひとつひとつ作って来ました。それは企業としての総合力を問われるという意味で、出たとこ勝負ではないのです。
デザインが、チームをひっぱるアイコンになる
【池田】なるほど、数多くの重要なことを地道に全部洗い出して、ひとつずつ確認しながらデザインを作り上げていったわけですね。ただ、いくら理想的であっても、それが実際には生産できないものでは仕方ないですよね。ということは、そういうクルマ作り全体のルートマップを、デザインが主導的に引いたのでしょうか?
【前田】マツダの特殊な例かもしれないですが、設計のエンジニアや生産のエンジニアをある方向に束ねて行く場合、ひとつは「形」なんですね。誰が見ても格好いい形を見ると、みんなやっぱりすごくモチベートされる。そこでグッと人が束ねられる。これは試作車に乗った時に「あ、このクルマすごいね」って言う感じと結構近いです。それはデザインの大きな役割です。だからそういう視点で言えば、デザインがクルマづくり全体をけん引する所は結構あると思います。
【池田】チーム全体にモチベーションを与えて力を結集していく、アイコンとしての意義が、デザインにはあるということですね?
【前田】内部的にはそういう意義は大きいですね。だからわれわれはやり方を変えました。大体、デザインというのは秘匿性が高いので、あまり他の部署に見せないんです。結構最後の段階まで見せずに、クルマが出来上がってから最後に「デザインはこうだ」と見せるんですよね、今までのケースは。でもそれをやっていると、エンジニアはどんなクルマを作るのかわからずに設計をすることになるわけです。それでは全員の方向性がそろわない。だから相当な初期段階、例えばスケッチの段階からそういう連中を集めて「これかっこいいよね。これ作ろうよ」と布教活動みたいなことをすると、みんなものすごくノッてくるんです。
【池田】ということは、デザインはチーム全体に対するゴールの提示を担うんですね?
【前田】ええ。目標値みたいなものですね。僕自身が同じようなことを感じたことがあるんです。今のディーゼルエンジンを搭載した試作車だったのですが、初めて試乗した時、誰も乗ったことがないようなパフォーマンスのクルマだったんです。これに乗った時、僕自身がすごくモチベートされたのです。「これが中に入るんだったら、デザインはもっとこんな風にしよう」と。
【池田】具体的なイメージが見えたわけですね?
【前田】そのクルマのデザインのイメージと、走りのイメージが、ある時シンクロしたんです。完璧にオーバーラップする時があって、おそらくお互いがそういうことを思ったと思うんです。デザインの目標となる――われわれはビジョンモデルと呼んでいるのですが――それをエンジニアとか生産とかあらゆる部門の人が見た時、逆に、設計以外の人が試作車に乗った時、お互いに両方が「すごい!」となった時があったんですね。そういうことが今の世代(注:第六世代)の初めの頃にありました。
【池田】いわゆる「百聞は一見にしかず」ということですね? いくら言葉を重ねても通じない何かが、見て乗って感じることによって、レベルの違う腹落ち感で伝わるというのは、感覚として私もすごくよくわかります。「試乗」という体験によって、デザインは実際に修正されたんですか?
【前田】修正はありましたね。僕はクルマに乗ったことでデザインを大修正しました。この世代を全部このデザインの方向で行くぞというすごく大事なモデルをコンセプトカーとして作ったんです。普通のコンセプトカーっていうのはショーケースに置くだけで、あまり次のジェネレーション、それはつまり7年とか8年という期間で、プロダクトには何のターゲットにもならないというケースが多いのです。そういう従来通りのコンセプトモデルを作っていました。ところが試乗して受けた印象を僕のメッセージとして、こういう方向にしますということで変更して、かなり具体的なプロダクトの方向を示す「SHINARI(靭)」というデザインコンセプトに変わったんです。