西武鉄道「S-TRAIN」の企画書
西武鉄道では副都心線直通運転が始まった2008年から有料座席指定列車の地下鉄乗り入れを構想していたという。東急東横線の乗り入れは2002年に決定済みだった。ゆえに横浜方面の乗り入れも視野に入れていた。
S-TRAINは、消費者に手渡す商品ではなく、「座席」という在庫の効かないサービスである。商品であれば「こういうものを作って売りたい」と上司に決済を願う企画書になるが、この企画書は趣が異なる。発案者の西武鉄道から、直通先の鉄道会社に向けて、新たなサービスの同意を求めるという意味合いがある。
「相互直通運転が成功している」という各社の共通認識の上に立って、有料指定席列車の提案にあたり、西武鉄道のレッドアローの実績を提示。そのために製造する新型車両を提案し、各社の沿線の魅力を踏まえて、新たな列車サービスの必要性を説いた。他社の通勤ライナーとは異なり、レジャー向けの要素が強いところも興味深い。
なお、当時、実際に提案したときの企画書では、S-TRAINの名称はなく「直通座席指定列車」のような仮称だったとのこと。停車駅、ダイヤについても試案から現行データに置き換えられている。サービスが始まっている今これを見ると、S-TRAINの紹介パンフレットのようだ。しかし、2013年に初めてこの企画書を見た各社の気持ちを想像すると、「大変なことが始まるなあ、本当にできるのか」と驚いたことだろう。ソフト面、ハード面について、さまざまな課題をクリアした各社に敬意を表したい。
東急沿線の人々が秩父を、西武鉄道沿線の人々が横浜を身近に感じる。それ自体が新しい余暇の開発だ。列車ひとつで生活が変わる。鉄道会社の新たな価値を示した企画書である。
(文=杉山 淳一)