前例のない「4社線直通有料指定席列車」

「東急さんだけが初めて、というわけではないんです」

東急電鉄をどう説得したのか、に対する廣田氏の答えだ。


S-TRAINの運行区間。1都2県にまたがり、最長113.6kmを直通運転する。

東京メトロにしても路線ごとに管理されており、副都心線は未経験。東急電鉄は、西武・東武・小田急・京成のような有料特急を持たない。沿線に宿泊型観光地を持たないから、運行する必要がなかったのだ。横浜高速鉄道は実質的には東急電鉄が運行管理している。終点の元町・中華街駅は観光スポットとして魅力が大きい。北の秩父とバランスを取れる目的地として、最も重要な駅の一つだ。横浜高速鉄道の同意なしではS-TRAINは成立しない、といっても過言ではない。西武鉄道にとって有料座席指定列車は経験がある。しかし、自社路線を超えて定期運行した経験はほぼゼロ。例外として秩父鉄道に乗り入れる団体臨時列車や西武秩父駅発のSLパレオエクスプレスがある程度だった。確かに鉄道業界全体で見ても、4社路線直通の指定席列車は前例がない。

「西武鉄道は直通の指定席列車をやる気だ」という観測はあった。2014年3月に朝日新聞が「次期特急レッドアローの横浜発秩父行きを検討している」と報じた。さかのぼると、2008年に東京メトロ副都心線が開通し、西武鉄道の電車が渋谷駅に到達。2013年3月から東急東横線の直通運転も始まった。その1年後というタイミング。直通運転の効果を評価した上での社長の談話を元にした記事だ。

特急レッドアローは車両の更新時期を迎えており、新型車両は地下鉄直通に対応するかもしれない。もし、レッドアローが東急電鉄に直通したら、東急電鉄にとって初めて観光地行き列車を得ることになる。通勤路線専業状態の東急電鉄にとって画期的なことだし、沿線の価値も高まる。

次期レッドアロー用の新型特急車両は2018年度から運行される予定。デザインコンセプトは「都市や自然の中でやわらかく風景に溶け込む特急」

大変だな……でもやってみよう

東京メトロ副都心線を介して直通する会社は5つ。北から西武鉄道・東武鉄道・東京メトロ・東急電鉄・横浜高速鉄道だ。2013年、この5社によるダイヤ編成会議で、ついに西武鉄道が提案する。指定席列車にも、ふだんの通勤電車にも使える専用車両を西武鉄道が用意します。だからやってみませんか、と。「ついにきたか、これは大変だな……」という反応だったらしい。

「西武鉄道内部でも同じ声がありましたよ。直通か、大変だな……って(笑)」(廣田氏)

もちろん、その場で即決ではなかった。解決すべき課題が多すぎる。まず、切符の売り方が違う。西武鉄道はレッドアローに対応した券売機があり、停車駅では有人の窓口もあるが、他社にはない。列車ダイヤはどうか。自社線内で、どの時間帯なら運行できるか。その時間帯は自社の沿線の人々にとって使いやすいか。同じ列車であれば、会社は違えど、お客様に見せるサービスは一つだ。各社の違いを一つのブランドにまとめなくてはいけない。

しかし、「ダメ」と言った会社はなかった。もっともコストがかかる車両は西武鉄道が製造するが、他の会社も券売機の改修や窓口の設置など多少の負担はある。共通項は「お客様のサービス向上になる取り組み」「新しいサービスにつながる」という意識だった。まず、やろう。その前提で課題を解決していこう。S-TRAINに向けた取り組みが始まった。

ちなみに、この5社会議のなかで決まったもうひとつの列車が「Fライナー」だ。こちらは通常の通勤電車で、5社のそれぞれの列車種別のうち、普通運賃で乗れる最も速い列車を直通させている。Fライナーに乗れば、直通先にも早く着く。直通列車は乗り換えなしで速い。わかりやすさと利便性を優先させ、各社の沿線に強くアピールした。

S-TRAINについては、電車の運用、乗客の動向を考えて、平日は西武鉄道と東京メトロ有楽町線、休日は西武鉄道と東京メトロ副都心線、東急電鉄、横浜高速鉄道で固まった。各社の要望をまとめると、西武鉄道は東急電鉄沿線の人々に秩父へ来てほしい、東急・横浜高速は西武鉄道沿線の人々に横浜に来てほしい。東京メトロは都心に住む人に秩父・横浜へ“座って”出かける機会を提供したい、だった。地下鉄は直通列車が多く空席が発生しにくいという宿命を持っている。

各社が希望のダイヤと停車駅を検討して持ち寄り、組み合わせて1つにしていく。せめぎあいは少なく、協力していちばん良いところを探そうという雰囲気だったそうだ。秩父に行きやすいダイヤにすれば、東急電鉄の利用者にメリットがあり、横浜に来てもらいたいダイヤにすれば、西武鉄道の利用者にメリットがある。結果的に、間に入る東京メトロにとっても両方向に都合の良いダイヤになった。