ハーゲンダッツ未満の「ごほうび」需要

ある時期から、パルムは「デイリープレミアム」というブランドコンセプトを打ち出した。「平日のちょっとした贅沢の時に楽しむ」という意味だ。きっかけは同社の消費者調査で、1人のアイス好きの女性が話した「パルムは値段がちょっと高いけど、平日の毎日、ちょっとした贅沢を感じるアイスとしてぴったり」という言葉だった。

このコンセプトが、時代の推移や消費者意識の変化という追い風にも乗った。この間に女性の社会進出が当たり前となり、若い世代を中心に酒離れが進んだのだ。お酒に関しては、最近の成人1人当たりの酒類消費量は「80.3リットル」(2014年度)と、ピーク時の1992年度(101.8リットル)から2割も減り、2013年度の数字に比べても2.5リットル減となった(2016年・国税庁発表「酒レポート」)。

忙しく働いても思うように収入が伸びない時代、小銭で買えるアイスには、自分への「ごほうび需要」が強い。「ごほうび需要」という言葉も出始めた当時に比べると低価格化が進んだ。昔のように給料日やボーナス時に、高額なブランド品を買って自分へのごほうびにするのではなく、ちょっとした機会に数百円の商品を頻繁に買うようになっている。

以前、これを裏づける話も耳にした。「お酒が苦手な私にとって、お風呂上がりのアイスは幸せなひととき。1週間働いた自分を癒す休日前は『パルム』を楽しみ、もう少しイベント的な日には『ハーゲンダッツ』を買います」と30代の女性美容師が語ったのだ。

「バニラ×チョコ」の原点に立ち返る

もちろん、パルムもすべての活動がうまくいったわけではない。思うように伸びなかった商品として「フルーツパルム」がある。「2012年に新シリーズとして発売し、最初は好調でしたが、徐々に数字も落ち込んでいきました。熟慮した末、現在は販売を中止しています」(宇田川氏)

パルム ザ・オランジェット

パルムの“軸足”である「バニラ×チョコ」の原点に立ち返っているわけだ。今回の記事作成にあたり、パルムの1本入りを3種類買って試食。周囲に感想を聞いたところ、「オレンジ味(ザ・オランジェット)はパッケージを見て、中にオレンジピール(果皮)が入っていると思ったがイメージが違った」という声があった。それでも試食した全員が「濃厚な味でおいしい」と高評価だった。

よく言われる「日中の最高気温が25℃を超えるとアイスの売れゆきが加速し、30℃を超えるとかき氷などの氷菓系アイスが売れる」というのは、業界関係者に聞くと事実のようだ。だが、パルムは盛夏でも売れゆきが落ちないという。社名のとおり、乳業メーカーとして乳脂肪分の少ない「ラクトアイス」や「アイスミルク」ではなく「アイスクリーム」(乳脂肪分8%以上)にこだわる「パルム」。しばらくは好調を維持しそうだ。

経済ジャーナリスト・経営コンサルタント 高井尚之(たかい・なおゆき)
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『なぜ、コメダ珈琲店はいつも行列なのか?』(プレジデント社)がある。これ以外に『カフェと日本人』(講談社)、『「解」は己の中にあり』(同)、『セシルマクビー 感性の方程式』(日本実業出版社)、『なぜ「高くても売れる」のか』(文藝春秋)、『日本カフェ興亡記』(日本経済新聞出版社)、『花王「百年・愚直」のものづくり』(日経ビジネス人文庫)など著書多数。
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