石川県で米の生産、餅や弁当などへの加工、販売まで手がける六星(ろくせい)。東京都出身で元営業マンだった軽部英俊社長が入社したのは20年前のこと。六星の創業メンバーのひとりだった義理の父親に営業経験を見込まれ、という経緯だ。サラリーマン時代に培かった営業センスで多様な販売網を開拓し、六星の事業拡大の先頭に立ってきた。“よそ者”だったからこそできたこと、外の世界も知るからこそ見える農業の課題や可能性について話を聞いた。

卸売一辺倒からの脱却

――創業からの40年をふり返って、会社が成長したターニングポイントはどの時期でしたか。
軽部英俊(かるべ・ひでとし)●株式会社六星代表取締役社長。1967年、東京都町田市生まれ。中央大学法学部を卒業後、トーヨーサッシ(現トステム)に入社。主に営業担当として約7年勤務した後の97年、家族とともに石川県へ移住するとともに有限会社六星生産組合へ入社して就農。前職での経験を生かし、経営の近代化や農産物の販路拡大に奔走する。2007年、株式会社六星への移行のタイミングより現職。
六星>> http://www.rokusei.net/

【軽部】創業から5年くらい経った頃、餅加工を始めました。米づくりは春から秋までが忙しく、稲刈りが終わると農閑期に入ります。会社としては従業員の給料を払わないといけないですから、冬場の労働を確保するために餅でもつくろうかと。それで昔なつかしいお餅や、雑穀を混ぜたヘルシーなお餅など、大手餅メーカーがつくる餅とはちょっと違ったものをつくってきました。商品は当初から変わっていませんが、その時々のトレンドやお客さまの嗜好にマッチして、お蔭様で販売が順調に伸びてきています。

――もち米と一般のお米の生産比率はどれくらいですか。

【軽部】だいたい半々です。もうひとつのターニングポイントとしては、今から12年前、小売りに着手しました。それまではスーパーを中心に卸売でずっとやってきましたが、卸売に依存していると、他社との競争や取引先の都合で商品の採用が途絶えてしまうことがあります。農業では作物を栽培する時点で原価が発生するので、契約が切られてしまうと大変なことになる。卸売に頼ってばかりではダメだということで、直売を始めました。直売なら自分たちの強みである鮮度感をアピールできます。それに生産者の顔が見えることで、親近感を持ってもらえるだろうという思いもありました。

当時は米と餅、一部の野菜くらいしか売るものがなく、新鮮さがありませんでした。それで和菓子やお弁当、おにぎり、総菜などデイリーな商品の加工にも着手して、品数を増やしていったのです。今では事業の半分が加工や小売に移っています。そのせいもあって、以前は「六星」といえば「お餅」というイメージでしたが、今ではお弁当や総菜のイメージを持つ人が増えています。

――女性にもアピールできそうですね。

【軽部】そうなんです。ただ、小売は外からは華やかに見えますが、収益の面で言えば、あまり儲かる事業とは言えません。小売に挑戦できたのも、餅加工の収益性が高く、安定しているからです。経営の安定を考えた生産、加工、小売のバランスは常に意識しています。