酒とたばこが苦手でも大丈夫

「トランザクティブ・メモリー」という言葉をご存じですか。これは、世界の組織学習研究では、きわめて重要なコンセプトと位置づけられています。

よく、組織に重要な点として、「情報の共有化」が挙げられます。一般に、それは「組織のメンバー全員が同じことを知っている」ことだと考えられがちです。しかし、近年の研究では、組織の学習効果を高めるためには、「組織のメンバー全員が同じことを知っている」ことではなく、組織のメンバーが「他のメンバーの誰が何を知っているのか」を知っておくことが重要だとわかってきました。それが、トランザクティブ・メモリーです。

人の知識のキャパシティには限界がありますから、組織の全員が同じ情報をすべてインプットすることは効率が悪いといえます。それよりも、ある知識が必要なときに、「誰がその知識を持っているか」が、組織全体に浸透していることが重要なのです。近年の経営学では、「トランザクティブ・メモリーはどうすれば高められるのか」についての研究が注目されています。

そして、そのためには「直接対話によるコミュニケーション」が大切だという研究成果が得られています。メールや電話よりも、対面して顔の表情を通じたコミュニケーションをとることで、より「誰が何を知っているのか」が組織に浸透していくのです。

たとえば、Googleや、シリコンバレーに居を構える革新的なアイデアを生む新興企業の多くが、社内に娯楽施設をつくり、無料で食堂を開放したり、オフィスの中央にカフェを設けたりしています。これも福利厚生目的だけではなく、そこで様々な部署の人が自然に顔を合わせるようになることでトランザクティブ・メモリーを高める効果があるはずです。その意味で、日本の企業の現状は危惧すべき部分もあります。職場環境が変化し、「飲みュニケーション」は忌避され、禁煙ブームで「たばこ部屋」が消えつつある。「飲みュニケーション」なんて日本だけの古い慣習だと言われますが、欧米では上長が週末にワインパーティを開くなど、実は飲みュニケーションを豊かにとっています。

私は「日本でもホームパーティを普及させよう」とか「たばこ部屋を復活すべき」と言っているのではありません。経営者は「インフォーマルな直接会話」を促す仕掛けをもっと意識したほうがいい、ということです。好例として、オフィス用品通販会社・アスクルの岩田彰一郎社長は、非常に開放的な平場のオフィスと、その中央にお茶飲み場をつくり、人が自然に集まる仕掛けをつくっています。