文化を大きく変える原動力は神話です

――しっかりと事前に議論することが重要なんですね。

シンギュラリティを学んでわかった教訓は、技術というのは導入する前に、その影響を考えることが重要だということです。私はフューチャリストとして未来を予測することが仕事で、アルビン・トフラーも親しい友人でした。ただフューチャリストの父と呼ばれる人がいまして、それがハーマン・カーンです。ランドコーポレーションに所属していました。実は米国が広島に原爆を落としたとき、未来にどういう影響を及ぼすか当時は誰も考えていなかったようです。未来を考える一人として、そうした問いかけをしなかったことによって、原爆投下は数百年来の大きな罪となってしまいました。ただシンギュラリティを考えた場合にAIは原爆を爆竹ぐらいにするくらいの大きな意味合いをもっています。ですから今、こういう議論ができていることは幸いです。AIが悪用されたときの影響は絶大です。シンギュラリティで大切なことは10数年後の来るかもしれないシンギュラリティがどういうものかではなく、それを今、しっかりと議論することなのです。同様に気候変動問題に対する対応も深い討論が必要です。技術で対応するのか、われわれの生活文化で対応するのか。

――シンギュラリティの問題は危機管理の考え方に似ているようにも思いますが。

未来を見る場合、理想郷が到来すると考えるか、地獄の縮図になると考えるのか、どちらかの極端に走りがちですが、その間の状態についてはみなさんあまり考えない。いいもの、悪いものが混在する世界を考える。一般に未来は現在の延長線上にあり、シンギュラリティの議論でも中庸をわきまえる必要があるのです。賢い機械が人の仕事を奪うような未来ではなく、ある程度賢いけれど、結局はしどろもどろしている機械たちが、予測不能の中でいいこともやれば、悪いこともある。いいと思ってやったことが裏目にでることもある。

――ポール教授はなぜ未来学を勉強するようになったのでしょうか。

ハーバードの大学1年生のときに、トニー・オッテンジャー教授の授業を受けました。「コンピュータと社会」と題する授業です。彼とハービー・ブルックス教授に感化されました。文化的なプロセスの技術に自分は一番関心があると気づきました。私のすべての仕事はひとつの問い、仮定にベースをおいています。次のようなことに気づかされました。いままで人間は先に技術を発明し、その技術によって人間は自分を作り直している。個人として、コミュニティーとして、社会としても自ら作り直している。人間が手段を創るのと同じぐらい、その手段が人間を作り直している。たとえば、ペンが発明されてそれを使うことで、指にはペンダコができる。技術と人間の間のインターフェース、人が技術によって変わっていくことに興味があったのです。

――シンギュラリティの到来を日本がチャンスに変えるためにはどうすればいいのでしょうか。

シンギュラリティはシステムを変革する議論のいいきっかけになるかもしれません。シリコンバレーが成功し続けているのは、実はあまり知られていない理由があるのです。ある意味幸運でした。適切な神話を作り出すことができたからです。全米に目を向けると、米国は危機的な状況にあります。それは日本と大差はありません。以前、われわれの国力と経済力の原動力となっていた神話が足かせになりつつあります。米国は個人の自立という神話がありますが、いま米国には相互依存という神話を必要しています。日本は長い歴史を持った文明です。米国はできたばかりです。日本は米国よりも多くの、力の源として利用できる神話があるのです。シンギュラリティがそのきっかけになるかもしれませんが、文化を大きく変える原動力となるのは、そうした神話なのです。日本人はそうした原点をしっかりと見つけていくことが今後の大きな課題になるのではないでしょうか。

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