人文学という非科学の重要性
緩和ケアの創始者であるデイム(英国叙勲女性)・シシリー・ソンダースは、緩和ケアにおける痛みには4種類あると言いました。ひとつ目は身体に感じる「肉体的な苦痛」、2つ目が不安や怒りなどの感情が伴う心の痛みである「情緒的な苦痛」、3つ目が病気により仕事を失ったり、社会的な活動が制限されることでおこる「社会的な苦痛」そして、4つ目が「スピリチュアル・ペイン」と呼ばれるものです。これは、最近「いのちの苦しみ」という訳語が普及しつつありますが、自分という存在が失われる苦しみ、「死にたくない」「死ぬのが怖い」という苦しみです。このような「いのちの苦しみ」の緩和において、デイム・シシリー・ソンダースは「死にゆく人の尊厳」を目標にしました。そして彼女は「尊厳」という言葉を「本人が自分の人生に価値を見いだすこと」と定義しました。
EBMは医学という科学を根拠にしていますが、20世紀末にNBM(=Narrative-Based Medicine 物語に基づく医療)という言葉が誕生しました。本人の人生の物語に価値を置く医療です。患者の「語り」を傾聴し、共感し、受容してくれる人が必要です。この役割ができるのは人文学を学んできた人たちです。素晴らしい物語は、長い歴史の間に選ばれて、古典になります。古典を学んで如何に生きるかを問う学問を人文学といいます。医者は医学という科学を学んで資格を得ます。人文学という非科学は医師免許を取得するのに必要ではありません。NBMには物語の専門家が必要なのです。
欧米では消防署や警察署や軍隊や刑務所、そして医療機関にも「チャプレン」という人たちがいます。チャプレンという言葉はキリスト教由来ですが、民主主義の国では信教の自由が保障されているので、仏教その他の宗教者のチャプレンもいます。患者さんに寄り添い、患者さんの「語り」を傾聴し、いのちのケアに取り組む人たちです。
日本の医療現場にもチャプレンが必要なのですが、残念ながら不在です。医療費に、チャプレンの分の人件費が含まれていないため、病院ではチャプレンを雇用できないのです。欧米では、医療費によらず寄付によってチャプレンの活動を支えている国もあります。しかし、日本では憲法89条(国立以外の教育、慈善、博愛の事業、宗教等に公金使用を禁ずる)が縛りとなっており、多くの私設機関は寄付を集められないのです。
明治維新以前、日本では仏教僧侶がこの役割を担っていました。仏教には臨終行儀があります。昔から、仏教では看取ることを修行としていたのです。