小説家
山口恵以子さん

1958年、東京都江戸川区生まれ。早稲田大学文学部卒業。会社員、派遣社員として働きながら、松竹シナリオ研究所に入学し、プロットライターとして活動。丸の内新聞事業協同組合の社員食堂に勤務していた2013年、『月下上海』で第20回松本清張賞を受賞。14年に同食堂を退職し、作家活動に専念する。下積み生活やお見合い43連敗などを明るく語るキャラクターがテレビでも人気を博す。近著に、昭和の下町洋食屋を描いた『恋するハンバーグ 佃 はじめ食堂』(角川春樹事務所)など。
 

「小説は夫、お酒はカレシ」。これは小説で稼いでおいしいお酒を飲むという私のモットーです。お酒は大好き。いざとなれば消毒用アルコールだって飲めます。ただ失敗には事欠きません……。駅の階段から転げ落ちたり、タクシーに乗ったら住所が伝えられなくて交番前に放り出されたり、いろいろやらかしてきました。でもね最近、原因がわかったんです。アルコールは体温と同じまで上昇するとよく回るらしく、なるほど私は日本酒の冷やが好きだから急に酔いに襲われたんだなと。でも燗を注文すると、温める時間が待てなくて結局冷やを頼んでしまいます。どうすればうまくつきあえるのかしら?

飲んべえだし食いしん坊だし、料理を作るのも好きです。12年間働いた社員食堂を辞めて一年半。厨房に立つ機会が減っていたのが、最近ダイエットを始めて日常的に調理するようになりました。すると一緒に暮らす母が「今日のご飯、なに?」と聞いてくるから、コミュニケーションが円滑になりましたね。欠かさないのは、母が好きな漬物。初夏の楽しみは、瓜の種をくり抜いて茗荷と大葉を詰め、塩漬けにした印籠漬けです。

お腹が空いたらどんなものでもおいしくいただける私ですが、大事なお客様をご接待するとき、家族でご飯を食べるとき、いつでも行きたいお店が錦糸町に二軒あります。一つが上品な広東料理がおいしい「大三元」。素材と油がいいのか、どれだけ食べても翌日もたれません。最後の晩餐を選べと言われたら、「大三元」のメニューから選ぶことでしょう。いろいろ味わいたいので、一品だけという条件は勘弁してほしいですけど。その後に必ず行くのが「monpa」。ここで手作りチョコを肴にシングルモルトを飲んだのが私の「上流」……もとい、「蒸留生活」の始まりでした。亡き父の教え「酒は水で割るな」も守ってます。尊敬する作家、辻真先先生が「昔通った銀座のバーを彷彿させるね」と認めたくらいマスターの腕が確かで、話題も豊富。明るい店の雰囲気もいいですね。オーセンティックすぎるバーは店内が暗くて、つまずきそうになるので。

生まれも育ちも江戸川区の私にとって、錦糸町は家族で映画を見てご飯を食べる、一番近い都会でした。スカイツリーができてからいい店が増えても、いまだに気取らない雰囲気は変わりません。そんな土地で気分よく酔えて、今はただただ幸せです!