静岡市に本拠を置く株式会社鈴生は、味と品質に厳しいことで知られるモスバーガーに大量のレタスを供給している。シャキシャキして瑞々しい鈴生のレタスは、冬場の農閑期にも安定供給されている。天候リスクに耐え、農地を確保して農業者の育成に心血を注ぐ同社の鈴木貴博社長。ふり返れば、家業のお茶、ミカンづくりから野菜の契約栽培に切り替え、鈴木社長が跡を継いだ直後は失敗の連続だった。どん底からどう這い上がったか。話は、そこから始まる。
始めたら、失敗の連続
――大学を出て、契約栽培農家を継いで、何が一番、難しかったのですか。
【鈴木】お茶やミカンは実ったものを採るイメージでしたが、野菜は種をまいて苗が出て、それを植える。命を育てる姿を見て、こういう農業もあるんだ、と感じて、農業経営ストーリーができあがりました。山梨県の農業法人で2年間、研修させてもらって、ヨシッと静岡に戻って野菜づくりを始めたら、大失敗の連続ですよ。こうしたい、ああしたいという欲望ばかりで野菜に向き合っていたから育たない。野菜づくりの先生に「作物は自分で育つ。農家は成長の手助けをすればいいんだ」と言われてハッと気づいた。
まずは作物がどう育つかを理解して、いい環境を整えること。それをやり続けた結果、ふつうに作物が作れて、お金をいただいて生活できるようになりました。その先生に再会した際、この前の台風のときに苗が心配でハウスに泊まり込んで、こういうことをしました、と報告したら、「ハウスで寝たろう。本当に苗を見ちゃいない。まだまだだ」と言われました(笑)。
――会社を経営するためのビジョン、理念についてはどう考えていますか。
【鈴木】ビジョンや理念は、会社が間違った方向に行かないようにするためのストーリーだと思っています。戦略、戦術はいろいろあっていいけど、理念は曲げちゃいけない。農家なら息子に代を譲ればいいでしょうが、企業的な農業経営では、社長が代わるかもしれない。他人が入ってくるかもしれない。そのなかで真っすぐに会社を進ませるには理念が必要。
僕は、失敗の教訓をすべて「おいしさを求めて」という社訓に詰めた。これは夢でもあるのですが、理念として曲げないでほしい。目標は「レタス日本一」なんですけど、こっちは曲がってもいいかな。
――目標は、変えてもいい、と?
【鈴木】ええ、変えても大丈夫。「枝豆日本一」に変わっても、いいんです。それは次の社長に任せること。変えないと会社が終わっちゃうかもしれません。ただ、くり返しますが、経営の方針は変わっても、「おいしさを求めて」だけは変えてほしくない。