世界的に注目されている消費者によるイノベーションだが、日本では、あまり興味を持たれない。しかし、日本にも普及する素地は十分にある──。今回から連載を担当する神戸大学の小川進教授は、そう主張する。
日本の経営者が興味を持たないイノベーションとは
先日、ある大手食品メーカー社長と会った。「先生、今度、学外向けに講演をされますね。どんな内容ですか」との質問。「消費者が製品イノベーションを実際、どの程度行っているかということについて話します」。そう私が答えると彼は特に関心を示すことなく別の話題へと話を移していった。
こうした経験をこれまで何度したことだろう。消費者が製品革新していることに興味を示し私の話を真剣に聞こうとする経営者は残念ながら日本にはほとんどいない。
理由を考えてみた。まず、「消費者による製品イノベーションの実物」を見ると、モノづくりのプロからすれば自分たちの完成水準と比べて欠点の多い粗悪品にしか見えないということがあるだろう。消費者がつくり上げた製品の例を写真で見ると間に合わせ程度の部材や素材をつなぎ合わせている場合が多い。お世辞にも「洗練されている」と呼べないものばかりだ。そうした見かけに目を奪われると、製品の背後にある消費者が直面する問題や解決上の工夫を見抜くには至らないだろう。
また、消費者による製品イノベーションの多くが自社の技術開発マップや製品設計思想とは無関係につくられている。いかに画期的製品でも自社の技術や製品デザインの統合性を壊しかねないものを積極的に受け入れるわけにはいかない。大きな需要が期待できるなら検討しないわけではないが、その時点で市場の潜在的大きさを予感させるデータがあることは、ほとんどない。
さらに消費者イノベーターの多くは一発屋だ(少なくともそう見える)。ある消費者がメーカーや他の消費者から見て魅力的な製品をつくる場合があっても、当人にとっては一生に一度、あるいは数回程度でしかない。数多くいる潜在的消費者イノベーターの中から真のイノベーターをタイミングよくピンポイントで見つけ出すのは至難の業だ。そんな効率の悪いことはしたくない。企業がそう考えても不思議ではない。
「そんなチマチマしたことが理由ではない」。そういう声も聞こえてきそうだ。理屈を超えたところでメーカーとしてのプライドが消費者による製品イノベーションに目を向けることをさせないことも大いにありうる。論理ではなく感情の問題だ。私がこれまで行ってきたメーカーの製品開発担当者への取材でも「消費者の下請けになり下がって何が楽しいのだ」という気持ちがひしひしと伝わってくることが何度かあった。確かに消費者が開発した製品を自社に取り込んで販売成績を伸ばせたとしても、そこでスポットが当たるのは消費者のほうだ。技術・生産やマーケティング上の様々な問題を克服して製品化にこぎつけ、売れたと思ったら手柄は消費者ということになれば開発担当者にとって思いは複雑だろう。