授業で注意するのは、主観的に議論を進めることです。起こっている現象を俯瞰し、机上の出来事として客観的に結論を出すのでは、実際に同じような場面におかれたときに生かすことができません。そこでまずは、「自分がその場にいたらどう考えるか」と学生に声を掛けることからはじめます。これにより、臨場感を持った思考を促すのです。議論のときには「自分がこの経営者だったらどう判断するか」と投げかけることもあります。そうするとまた違う意見が出てきたりする。どこまでも自身の出来事として話し合いを進めるのです。

このようなトレーニングを繰り返すことで、実際にトラブルに遭遇した際に意思決定できる思考法を身に付けていきます。意思決定というのは、一朝一夕にできるものではなく、こうした訓練を重ねていくことが欠かせません。

判断が迫られるような場面は、企業のリーダーやマネジメント職になってから直面するものばかりではありません。上司に命令されたが、行動に移してよいか迷う、自分の考えと会社の方針が食い違う……こうしたことに、誰でも悩まされた経験があるでしょう。自分自身で「これが問題だ」と課題に気づき、判断をくだし、自身の価値観を築いていくことは、どんな立場であっても求められることです。意思決定を避けない、そして、倫理の問題について語り合うことを厭わないことこそが、ビジネスマンに必須の素養といえるのではないでしょうか。

また、時代とともに新しく浮上するビジネス・エシックスのテーマに挑んでいく姿勢も重要です。

近年、ハーバード・ビジネス・スクールでは、学生たちが自ら課題意識を持って不平等や格差の問題を題材に、検討をすることが多くなっています。先日は、「ビジネスは、教育格差の是正に向けてなにを行うべきか?」というテーマで議論しました。飛び交ったのは「公教育に対して、ビジネスが介入してよいか」「倫理観を持ちつつ、教育事業を継続させることはできるのか」という議論。「ビジネスは教育の問題にも積極的に関わっていくべきだ」という主張もあれば、「教育に関わるのは事業のファイナンス面で思わしくないのではないか」など、幅広い意見が出されました。新たな問題を自分たちで設定し、幅広い価値観の中で議論することで、決断力をさらに強めていくことができるのです。

日頃の場面で自ら倫理的な課題を設定する。多様な価値観の人と、自身だったらどうするかとディスカッションする。どんな立場であっても意思決定の習慣をつける。こうした訓練を繰り返すことで、ビジネス・エシックスの軸を身に付けることができます。こうしたことを意識することで、ビジネススクールに通わなくても身に付けることができるのです。