PRの「本来の意味」とは
豊橋の「JK広報室」も鯖江市の事業と同様に、地域の女子高生(JK)が中心となり、それを大人が手伝っていくという市民協働事業です。大人が用意したプログラムを「こなす」というような職場体験やインターンシップとは違って、あくまでもメンバーが考えたものや思いついたことを尊重しつつ、それが実現・発展するように大人たちが協力していくということです。
ただ、今回の豊橋の事業では、主に「広報」を行うというのが特徴になっています。しかし、広報というのとても誤解されやすい言葉です。
「広報」は、もともとは「PR」という言葉の和訳からきています。そして、その和訳の“不完全形”なのです。そもそも、「PR」という言葉を正しく理解している人はあまりいません。PRは「Public Relations(パブリックリレーションズ)」の略で、1950年代にアメリカから民主主義の促進のために輸入された概念です。
パブリックリレーションズを直訳すると「公の関係性」ですが、民主的な社会をつくるために、政府や自治体と国民・市民が「双方向のコミュニケーション」によって関係性を深めていきましょう、というような意味だとされています。
戦時中の日本では、国(というか軍)が決めた方針は、国民・市民に対して一方的に発信され、否応なしに押し付けられていました。国民が、それに正面から意見・反論する余地なんてまったく無かったわけです。今回のJK広報室の場合のように、市民が名称変更を申し立てる、というようなこともそもそも不可能でした。
戦後、民主的な社会を目指した日本は、国や自治体がただ一方的に情報発信するのではなく、国民・市民から意見がフィードバックされるような双方向の仕組みをつくり、そこから「議論」が生まれる公共社会を目指したようです。それが、パブリックリレーションズ(PR)の原型です。
そのときの「PR」の日本語訳が、「広報と広聴」でした。「広く報じ、広く聴く」という双方向性を意味する言葉です。ところが、それがいつの間にか片割れは省略され、「PR=広報」と訳されることが多くなってしまいました。しかし、これでは本来の意味を成していません。
そのような背景の名残から、一部の県庁や市役所には今でも「広報広聴課」という名称のセクションがあります。実は、豊橋市もそのひとつでした。