日中関係が悪化する中、北京の大学でコンテストを実施

【田原】国際ビジネスコンテスト?

【松本】日本と中国と韓国の大学生と院生によるビジネスコンテストです。コンテストは1週間の合宿形式。日本人、中国人、韓国人が3人1組になって、あらかじめ出されていた課題に関してチームでビジネスプランを練っていきます。日中韓で30人ずつ参加していたので、30チームで競うことになります。

【田原】そういうコンテストを企画しているサークルがあるんですね。

ラクスル社長・松本恭攝氏

【松本】私が大学生になった2004年はコンテストを始める前で、中国や韓国側にまだ組織がない状態でした。そこから組織を立ち上げて、企業を回ってお金も集めました。何もないゼロのところからつくっていくプロセスがとても楽しくて、その経験がいまの起業にもつながっています。

【田原】開催場所はどこですか。東京?

【松本】第1回は、2005年2月に代々木のオリンピックセンターで開催されました。その半年後に北京の清華大学でもやりました。ところが、これが反対されまして。

【田原】反対? どうして?

【松本】当時は日中関係が悪化していて、日系のGMSが投石を受けていました。それで政府から、政治的に不安定なので控えてほしいという話があったのです。ただ、実際に北京に行って話をしてみると、日本のメディアが伝えていることと乖離がある。たしかに政治的に不安定な要素はあるのですが、学生同士はやろうとしていることが一緒で、日中関係にも悲観はしていない。これなら大丈夫だと考え、反対を押し切って開催しました。

【田原】そうした経験が、民間に行く理由になったのですか?

【松本】そうですね。じつは私は大学受験に失敗して、1年目は浪人、2年目も第一志望に入れませんでした。そのことをコンプレックスに感じていたのは、私自身、偏差値によって人生が決まるという価値観に縛られていたからだと思います。しかし、官僚やそのほかの頭のいい方たちから「やめたほうがいい」「できっこない」と批判されていたコンテストも、実際に実現できてしまった。そのとき世界観が変わったんです。人の限界を決めるのは能力じゃなくて、想像力です。どんなに頭が良くても、想像できない人には可能性がない。そのことに気づいて、自分の選択肢が大きく広がった気がしました。