目標は高く評価は厳しく
本田は、ただ“無理難題”を部下にふっかけていたのではなかった。「目標は高く、評価は厳しく」がモットーだったからだ。「お客さんの期待に応えたい、社会に貢献したいという思いが強かったので、高い目標にチャレンジする。目標をクリアできなくても、それをよしとせず、原因を厳しく究明する。それが進歩につながると考えていた」と岩倉は説明する。
「技術者は哲学を持てというのが本田さんの口癖。自分が何のために仕事をするのか、自分の仕事が世のため、人のためになっているか、突き詰めて考えろということだった」
軽自動車の「N360」を開発したとき、本田が「おい、メルセデスのクオリティを持つ軽自動車にするぞ」といって、スタッフの度肝を抜いた。
「でも本田さんは本気だった。そして本田さんは、いつもロマンを追いかけている人だった。人を感動させたいと、寝ても覚めてもモノづくりのアイデアを頭の中で捻っている。一緒にいると刺激的だし、一緒に仕事を成し遂げると感動する。本当に怖かったが、そんな人なので最後までついていけた」
本田技研は独創性を重んじるのが社是で、本田はことあるごとに「真似をするな」と釘を刺した。そして「何を食ってもいいが、自分のクソをしろ」ともいっていた。
「その言葉を聴いてから、私はいいと思ったことは、片っ端から真似をした。つまり、いいものは貪欲に取り入れるべきだが、完全に消化して自分のものにしろという意味なんです。そうやってこそ、自分なりのオリジナリティが生まれてくる」
岩倉は本田技研常務に就任したとき、「明るく、楽しく、前向きに」という標語で“ホンダイズム”を伝えた。
「同じように人の上に立つ立場になったとはいえ、本田さんと私は違う。単なる受け売りでは通用しないので、自分の言葉で表現したわけだ」
本田の教えを、人間の個性や組織の状況、社会の環境に合わせて生かしていく。それもまた“ホンダイズム”の神髄といえるのだろう。
(敬称略)