信頼関係にあった岩崎弥太郎
栄一はさらに次のようにも語っている。
「およそ目的には、理想が伴わねばならない。その理想を実現するのが、人の務めである」(『渋沢栄一訓言集』)
ある目的に向かって行動する場合、目的の達成だけではなく、その理想をも実現するのが人間の義務であると。渋澤は「私はその瞬間の利己は否定しないが、『理想』という将来への時間軸を通すことが最も大切であり、その理想を実現させることが人の務めといえるのではないかと考えている」と話す。
これは渋澤の仕事にも通じる。外資系金融機関を渡り歩いたのち、コモンズ投信を立ち上げた。主力商品の「コモンズ30ファンド」は、30年先を見据えた個人向け投資信託。短期での効率的な運用を目指す本来のファンドとは性格が異なる。長期の時間軸の中で、個人投資家と投資される企業の双方が利益を得られるようにするものだ。
ところで、「人たらし」の栄一にとって、犬猿の仲といわれるのが三菱財閥の創始者の岩崎弥太郎で、有名なエピソード「向島の決闘」が残っている。料亭での会食で、経営哲学をめぐって論争になり、激高した渋沢が途中で黙って帰ったというもの。ところがこれには後日談がある。約1年後、2人は協力して日本初の保険会社、東京海上保険会社を設立しているのだ。
「三菱の岩崎さんが出資することは信用力を高めるので歓迎していた。栄一は晩年、岩崎さんとは経営に関しての考え方は違ったけれど、毛嫌いしたことはないと振り返っている。リスペクトは当然あったはず」(渋澤氏)
栄一も「礼儀ほど美しいものはない」とし、意見が対立する相手でも尊重することが大切だと説いた。敵・味方は単純でなく、いつ入れ替わるかわからない。たとえば、社内人事で嫌いな人と一緒に仕事をしなければならないこともあるだろう。ライバルであっても、礼節は欠かないようにしたいものである。
「人たらし」は天賦の才かもしれないが、ここで取り上げた言葉を意識して実践していくようにすれば、人間関係は変わってくるはずだ。
(敬称略)