白洲次郎、福沢諭吉など近代の英傑の評伝を描き続ける著者。世相を鑑み「今の日本に求められる人材とは」を考えて描く対象を選ぶのだという。

北 康利(きた・やすとし)
1960年、愛知県生まれ。東京大学法学部卒業。富士銀行(現みずほ銀行)、みずほ証券を経て作家活動。著書に『白洲次郎 占領を背負った男』『福沢諭吉 国を支えて国を頼らず』『西郷隆盛 命もいらず 名もいらず』ほか。

今回取り上げたのは、サントリー2代目社長の佐治敬三。そして、同社宣伝部のコピーライターとして辣腕をふるい、在職中に芥川賞を受賞、文壇に転じた開高健である。

「構想したのは4年前の2011年。デフレ経済で元気のない日本に、東日本大震災が追い打ちをかけた年です」

誰もが打ちひしがれ、不安に慄いていた。そんな陰鬱な世情に光さす人物像として、まず浮かんだのが佐治だった。

「会社帰りにバーに寄り、キープしたボトルのウイスキーを楽しむ――それまでなかったこうした洋酒文化を、戦後の日本に根付かせた人です」

ドイツ語の“エトヴァス・ノイエス(日に新た)”を信条とした佐治。成功に胡坐をかくことなく、当時、大手3社の寡占状態にあったビール市場に討ってでる。創業者で佐治の実父・鳥井信治郎にまで遡るサントリーの起業史として、本書は読み応えがある。

だが、本書にはさらなる主題が埋め込まれている。社長と平社員でありながら、盟友として互いを支え合った佐治と開高の関わりである。

「ふたりは、それぞれ心に深い闇を持つ人物。それゆえに、強い絆で結ばれていった」とみる著者は、双方の“闇”に深く踏み込んでいる。

無謀といわれた佐治のビール市場への挑戦。一方、佐治のもとでサントリーブランドを育て上げた開高は退社後、芥川賞作家の座にありながら、従軍記者としてベトナム戦争の前線に赴いた。それをきっかけに、開高はルポルタージュ文学とも呼ぶべき独自のスタイルを築いていく。

「彼らの心の闇は、新たな境地を切り拓いていく原動力でもあった」と著者はいう。

「震災で心に傷を負った人は多い。けれど、その痛みを知っているからこそ、苦境を越えられる力も人にはあると思うのです」

暗い世情の下でこそ、“エトヴァス・ノイエス”の精神を。ひとりでは強くなれない。しかし、信頼を寄せ、支え合える盟友とふたりなら、最強になれる――。

佐治と開高、ふたりの足跡を3年以上かけて克明に追った力作。本書のタイトルには、著者がそこから手にした教示が込められている。

(永井 浩=撮影)
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