「そこでみんなどうしているかというと、その都度どちらかを誤魔化して、なんとかバランスを取っているのです。ただ、これはそんなに簡単なことではありません。なかには正義感が強くてどうしても折り合いがつけられず、自殺してしまう人もいます。そして、その手前がうつです。心の健康を損ねて働けなくなれば、どちらを選ぶか自分で決めなくても済むし、とりあえず葛藤を回避することができる。この無意識の思いが、うつを発症させるのです」
小玉教授によると、ウォール街で金融商品を取り扱うトレーダーたちが昼間からお酒を飲んだり、麻薬を常用したりするのも同様だという。お酒や麻薬があるから彼らは、かろうじてギリギリのところでバランスを保とうとしている。金融はまさに資本主義の最前線。そこに四六時中身を置いて、切った張ったを繰り返しながら好成績を挙げ続けるには、人間らしさは邪魔でしかない。
「彼らの仕事は自分の命を削ることでしか成り立たないといってもいいでしょう。だから、失われた人間性を取り戻すために、酒や麻薬が手放せない。ただし、これだと最後は自分が壊れるだけですから、この方法は絶対にお勧めできません」
それでは、企業の倫理と一般社会の倫理の板挟みになって苦しいときは、どうすればいいのだろう。
「迷ったときにこうすればいいという唯一の正解はありません。逆にいえば、そこでどうするかがその人の個性なのです。重要なのは、ストレスをため込まない、あるいはストレスをいかに上手に解消するかということです。そのためにはいくつか方法があります。ひとつはマインドフルネス心理療法です。なぜこれが有効なのか。それはマインドフルネスの概念が資本主義的な考え方と真逆に位置するからです。資本主義では、常に利潤を最大化することを求められます。それには計画を立て、人より先にチャンスをつかむというのが鉄則です。その結果としてすべてが未来の準備になってしまうため、現在を生きているという感覚が希薄になってしまう。いつも気がそぞろで何をやっても充実感が得られないという精神状態にどうしても陥りがちです。そういう人は自分がいまここで生きているという感覚を取り戻さないと、容易にストレスに支配されてしまいます。
一方、マインドフルネス心理療法は、自己洞察瞑想療法とも呼ばれている。『いま、ここで』に意識を集中する訓練です。静かに目を閉じ、ひたすら自分の呼吸だけに意識を集中させていると、先ばかり見ていた自分の心が、だんだんと現実の自分に戻ってきます。そうすることで資本主義の世界で失われていた自分を取り戻すことができるのです」