「残る」という選択肢はない
「上司の説明を何度か受けて会社(日本IBM)に残ることは100%無理だとわかりました。上司も『こうなりますけどよろしいですね。質問があったら言ってください』と聞いてくる。質問には答えるが、あなたに残るという選択の余地はないし、行かなければ辞めてもらうしかない、という感じをにおわせている。こちらとしてはわかりました、移りますと言うしかない。そうでなくても、開発部門の総務・経理など管理系の仕事をしていた人たちは、レノボではすべて外注に出すのでいらなくなり、IBMを辞めることになったと後で聞きました。残っても仕事がないので辞めさせられる可能性もあったのです」(岡本)
しかし、レノボに移籍しても、その後の処遇がどうなるのか誰しも不安になる。しかも相手は中国系の会社だ。会社が設けた質問サイトの掲示板には「労働条件は移籍後も今と変わりません」と記されていたが、どうなるかはわからない。さまざまな理由で自ら退職する人もいた。ハードのパソコン専業が嫌でソフトウエア開発をしたいので猛然と就職活動を行い、転職した社員もいれば「中国系の会社であることにネガティブなイメージを抱いて辞めた人もいます。なかには『IBMに勤めていらっしゃるんですね』と言われ、それに誇りを持っていた人たちが、中国系の会社に代わるのが嫌で辞めることもありました」と言う。
岡本の場合、妻に中国への留学経験があり、本人も現地事情に通じていたおかげで「中国系の企業」ということにアレルギーはなかった。それどころか、一報を聞くなり岡本の妻は「レノボ? 中国では、ぴかぴかの優良企業よ。ラッキーじゃない」と背中を押してくれたという。
しかしこれは例外的で、大多数の社員は「世界のIBM」を離れざるをえないことに、恐怖に近い不安を抱いていたという。
社員のなかには、たまたま会社の都合でPC部門に配属され、そのままレノボに移籍せざるをえない社員もいた。不本意であっても従わなければリストラが待ち受ける“残るも地獄”の世界しかなかった。