特定の事業を本体から切り離して外部へ売却する「部門切り売り」。経営面ではしばしば高く評価されるリストラ手法だが、「売り買い」される当事者にとってはどうなのか。実情を追った。

社員食堂に200人が集められ

「あなたはどうしますか? レノボに移りますか、それとも……」
「別に辞めるつもりはありません。だから移ります」

岡本秀樹(仮名・48歳)は上司と交わしたやりとりを今でも鮮烈に覚えている。

2004年12月。米IBMはパソコン事業を中国のパソコンメーカーのレノボ・グループに売却することで合意。岡本が所属する神奈川県大和事業所にある日本のPC開発部門も新設の「レノボ・ジャパン」に引き継がれることになった。

売却の話が正式に伝えられたのは04年12月8日の午前。岡本たちは、米IBMのCEOが全社員に発信したメールで一報を知った。追って日本アイ・ビー・エム(以下、日本IBM)の大歳卓麻社長(当時)からもメールが届く。だがこの時点では自分がこの先どうなるのかまったくわからなかった。この日の午後、会議スペースとしても使用する社員食堂に開発部門の社員約200人が招集された。

誰もが不安げな表情を浮かべ、静まりかえるなか、開発製造担当の内永ゆか子専務取締役執行役員(当時)が口を開いた。IBMとレノボ・グループが新しいPC会社を設立することを説明し、新会社には「皆さんも参画してもらいます」と続けた。

内永ゆか子専務取締役執行役員(2004年当時)。

「午前中の段階ではレノボという会社がPC部門を買うよみたいな話が出ていただけで、職場では俺たちはどうなるのか、パソコンが作れなくなるのか、違う部署に飛ばされるのかという話が出ていました。説明を聞いて人間もつけて部門ごと売られることを初めて知ったのです。

その後の各担当部署の説明会場に行く途中で誰かが『移籍じゃなくて、参画だって。なかなかうまい言葉を使うな』と言ったのを覚えています。あるいは『何で今ごろこんなことに……。来年までの命かな』とつぶやいている人もいました」