猛烈アタックで切り抜けたエンジニアも
今では成長の切り札として活用されているM&Aだが、交渉過程はごく一部の役員クラスしか知らされず、成立後に社内外に突然発表されるのが常だ。だが、その以前から職場で不可解な人事異動が起きていたという。
「社内の異動は基本的に自分が働きたい部署に手を挙げる応募制で、マネジメントを目指す人は1~2年働いたら次の部署に異動させていたのですが、04年の秋口からピタリと止まったのです。たとえば社内公募に応じてもやんわりと断られるとか、他の部門に出ていく人もいなければ、新たに来る人もいない。その一方で11月になると、なぜか一部の女性社員が本人も希望しないのに他の関係ない部署に引き抜かれて出ていったのです。本人に聞いても『いや、何だかわかんないんですよ。希望もしていないのに変ですね。仕事の引き継ぎをよろしくお願いします』みたいな感じで異動していきました」
当時、日本IBMは女性の活躍推進に力を入れており、そのリーダーが前出の内永専務だった。岡本は事業の売却成立前に将来性のある優秀な女性をIBMに残したかったのではと推測する。もし事実ならば、売却前に社員の選別が始まっていたことになる。
子会社や事業を他社に切り売りし、社員を別会社に移籍させる場合は「本人の同意」を求めることが労働基準法に規定されている。だが、01年に施行された「会社分割法制」により、同意を必要とせずに事業の切り売りと同時に移籍させることが可能になった。ただし、「主従判定」が行われ、その事業に主に従事する社員は残留の選択肢はないが、他の部門の仕事も兼務している場合は判定も微妙になる。
パソコン以外の製品を開発していたエンジニアのなかには人事権を持つ他部門の上司に猛烈にアタックして残った者もいた。だが岡本の職場は全員がPC担当なので選択の余地はなかった。それが冒頭の上司との会話だ。