非常識を取り払う「りそなイズム」

03年5月17日、政府は金融再生プログラムに沿って、りそなを「健全経営に必要な自己資本が不足」と認定。公的資金の注入を申請させ、預金保険機構が7月に優先株と普通株を計1兆9600億円分買い受け、筆頭株主となった。この普通株の一部が、第1回の返済の対象となる。

業務改善命令も出て、経営陣の交代が決まる。6月、再建の総司令官として、JR東日本副社長だった細谷英二さんが会長に就く。同時に、財務部長を任じられた。想定外で、驚いた。細谷さんは豊かな人脈を持ち、会長就任前から情報を集め、決めていたらしい。責務は明白、財務の立て直しだ。

細谷さんは、最初の支店長会議で「りそなの常識は、世間の非常識」と言い切り、意識改革を促した。言い換えれば、「銀行なら当たり前」としてきたことも思い切って変えていい、ということだ。ならばと、営業政策上、取引先と持ち合ってきた株式も売った。2年間で1兆円規模。ほかにも売却できる資産は、次々に手放した。

財務は改善していくが、公的資金の返済を、無理して急がない。経営破綻にせず、「りそなは地域の銀行として必要だ」として、血税を投じて助けてもらった。そのことに応えるには、やはり、力を貯めることが先だ。

「伏久者飛必高」(伏すこと久しき者は、飛ぶこと必ず高し)――長く身を低くして力を蓄えてきた鳥は、ひとたび飛び立てば、必ず空高く舞い上がる、との意味だ。中国・明代の書『菜根譚』にある言葉で、逆境にあっても急がず、力をつけることの大切さを説く。この6月末に公的資金の完済を果たすまで10年、「必ず、また舞い立つ」との思いで力を貯め、いま高く舞い上がろうとしている東流は、この教えと重なる。

細谷さんは、基本的に、思い通りにやらせてくれた。話も、よく聞いてくれた。ただ、部下の話を鵜呑みにはしない。多様なネットワークを駆使し、チェックしていた。そして、一度決めたら、ぶれない。いま社長になって、頷くことばかりだ。残念なことに、細谷さんは病に倒れ、社長昇格が発表される2カ月前の2012年11月、亡くなった。だが、「非常識」を取り払い、自由な発想を持ち、顧客第一に徹する。そんな「りそなイズム」は、引き継いだ。

いま、銀行を取り巻く環境は、順風ではない。金融緩和に偏ったアベノミクスは息切れし、中国など新興国の成長鈍化もあり、国内経済は伸びきれない。低金利が続き、本業の融資で利ざやはとりにくい。金融機関が独占してきた決済業務にも自由化が訪れ、異業種から参入が続く。一方で、銀行に許される業務も広がる予定で、ITの活用や異業種との連携が求められる。だから、ダーウィンの言葉を引用し、「変化に対応できなければ、生き残れない」と説く。

公的資金を完済した翌日の6月26日に大阪で、27日には東京で臨時支店長会議を開き、完済を喜び合った。同時に「これはゴールではない、スタートラインだ」と釘も刺す。

東京・木場のHD本社ビル8階の応接室。資本政策の案に詰まったとき、1人で籠り、窓から眼下を見下ろしながら考えた。工事が始まった公園が、時間をかけて出来上がっていく様子を眺め、焦りを抑えた。いまでも、ときどき部屋に入り、公園を見下ろす。当時を思い出し、「飛必高」を誓う。

りそなホールディングス社長 東 和浩(ひがし・かずひろ)
1957年、福岡県生まれ。82年上智大学経済学部卒業、埼玉銀行入行。2003年りそなホールディングス執行役財務部長、07年りそな銀行常務執行役員、09年りそなホールディングス取締役兼執行役副社長。13年より現職。
(聞き手=街風隆雄 撮影=門間新弥)
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