五輪ビジネスの中核を担うのがエンブレム

こうしたモチーフのデザインを提案・採用した人たちは、商標の常識に著しく欠けており、選考委員として不適格だったといわざるをえない。

さらに心配な点がある。五輪のエンブレムは、社章や公共のシンボルマークとはわけが違う。エンブレムこそが五輪ビジネスの中核なのだ。

五輪の運営組織が公共のものだと思ったら大間違い。商業組織である。そのスポンサー契約の基本は、エンブレムの商標使用権という形を採っている。何百億円もの協賛金を支払っているスポンサー企業が、すでにエンブレムを使えない状態が半年間続いている。今から新エンブレムを選び直すとなると、最低でも1年はエンブレムを使えないことになる。

日系のスポンサーはナアナアですませるのかもしれないが、欧米なら組織委に対し、損害賠償請求が起きているところだ。

東京五輪開催まですでに残り5年を切った。悠長なやり方では、エンブレムを利用できる期間がどんどん短くなっていく。知的財産権についての実務者の会合に出ると、やはり私同様に「同じことの繰り返しになるのでは」と心配する者が多い。

実際、全世界でライセンスを結び、新規の図形商標登録を行うとなると、日本の知的財産の専門家全員が束になってかかるくらいでなければ、五輪に間に合わないのではないか。

少しでも早く調査をすますためにも選考を急ぎ、新エンブレムには権利侵害の起こりにくいデザインを選ぶべきだ。たとえば人や植物や動物をモチーフとする図柄、それも海外で権利侵害する心配の少ない、日本の伝統に根差したものが望ましい。

招致の際に使ったサクラのエンブレムを推す声もあるが、これはすでに無償で大量配布されており、今から有償でライセンス展開することは難しい。繰り返すが、五輪スポンサー契約は「エンブレムを使用できる権利」が基本。「金のとれないエンブレム」に価値はないのだ。

日本の大手広告代理店は、世界的なイベントを取り仕切ってはいても、知的財産権に疎いのが実情だ。

一方、五輪スポンサーとなるような大企業は、自ら知的所有権を扱う専門の部門を持ち、そこで実務を通じて世界の常識を身につけている。

彼らへの相談が契約上難しくとも、そうした企業のOBや、海外の法律事務所で働く日本人らに、組織委が協力を依頼することはできるはずだ。

そういうオールジャパン体制での巻き返しが必須だが、他の国が普通にこなしてきた作業が、組織委にはできなかったという事実は残る。いずれ稿を改め、自らの無知に気づきもせぬ日本の知財関係者・関連機関の病巣を探りたい。

(構成=久保田正志 図版作成=大橋昭一 写真=時事通信フォト)
【関連記事】
誰が「五輪エンブレム」を撤回に追い込んだのか
知的財産権 -自社開発と他社からの購入で大違いの評価
8年かけ勝訴!中国商標「しんちゃん」事件の教訓
立体商標 -ゆるキャラは商標登録できるか
職務著作 -なぜ体脂肪計タニタの栄養士さんは億万長者にならなかったか