通貨安競争を恐れる必要はない

現在の中国は、原油安の影響もあって消費者物価上昇率が2%を切り、デフレを心配しなければならない状況だ。卸売物価指数は40カ月以上も下落を続けている。住宅価格下落や自動車販売台数の減少など、各種の指標に景気の悪化が表れており、経済を立て直すためには金融緩和が必要であることは明らかである。

積極的な金融緩和を進めるうえで、為替の変動幅を制限している中国の管理通貨制度は障害となる。金融政策を極端に変えると、為替相場の維持が困難となるからだ。

管理通貨制度を廃止し、金融緩和を進めれば、人為的操作ではなく経済原理の結果として、人民元は安くなるだろう。私が中国の金融政策を決める立場であれば、迷うことなく管理通貨制度を廃止し、不良債権の買い取りを含む大規模な金融緩和を実施する。もし住宅バブルや株価バブルの崩壊に際して十分な金融緩和を行わないとすると、中国はかつての日本と同様、長期にわたる経済の停滞を経験することになるだろう。

日本では人民銀の一時的な元安容認に対しても、「輸出のてこ入れを狙ったもの」といった批判が目立つが、こちらも根拠がない。

リーマン・ショック後、米国も欧州もなりふり構わぬ金融緩和を実施し、徹底した通貨安戦略を採った。リーマン・ショック後の量的緩和は、世界経済の破局を瀬戸際で止めるのに効果を発揮した。出遅れていた日本も現在、黒田日銀が果敢な量的緩和を実施中で、円は為替市場で大幅に安くなった。今、中国は金融緩和を実施し、人民元安が起きているが、人民元引き下げの規模は、米英やアベノミクスの行った変動幅に比べればはるかに小さい。それを非難する資格はどこの国にもない。

もし、それでも元安が心配なら、日本もさらなる金融緩和で不必要な円高を食い止めればよい。海外マネーに依存する新興国とは異なり、金融緩和による資本の海外流出を恐れる必要がないのが日本の強みだ。日本は米国、EUと並び、好きなだけ金融緩和を実施できる、数少ない国の1つなのだ。「通貨戦争=悪」は、前世紀の固定相場制下の発想だ。通貨安競争を怖れる必要はない。

そもそも、変動制に属する国どうしでは、相手国の金融緩和が自国に対しては景気抑制的に働くが、それは自国の金融緩和で中和できる。そして、このプロセスが世界的なインフレとして拡散することはないと証明されている。「通貨政策の失敗は、それぞれの国の責任である」というのが、今の政治経済学の国際常識だ。

中国政府はこの四半世紀、実によく頑張り、経済を成長させてきた。貧しかった中国を世界の経済大国に引き上げる道筋をつけた鄧小平は、偉大な指導者だったといえる。

中国経済の実質的な成長は、世界経済にも、また日本経済にもプラスに働いた。逆に中国経済が危機に陥れば、世界中にその影響が及ぶ。もちろん日本も例外ではない。

それに対して中国が金融緩和で対処するのはやむをえないが、前述のように為替を通じたマイナスの影響は、変動制下では相手国が金融拡張で中和できる。中国政府は、この変動制下の金融政策のメカニズムを十分に理解して手を打ってほしい。

(構成=久保田正志 撮影=石橋素幸 図版作成=大橋昭一 写真=Getty Images)
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