インフレとデフレは交互にやってくる

高度成長期の日本は今ほど資金が豊富ではなく、銀行融資の多くは製造業の設備増強に回された。不動産融資の条件は悪かったといわれるが、森氏は、オフィス需要の増大とインフレの継続を確信しており、負債の拡大に躊躇しなかった。経済的な知見に基づいたブレない姿勢は2代目社長の森稔氏にも引き継がれ、六本木ヒルズという巨大プロジェクトの成功につながった。

しかし何事にも永遠はなく、インフレの後には必ずデフレがやってくる。バブル崩壊後の20年にわたる長期デフレにおいては、インフレ時のマインドを転換できなかった多くの人々が資産を失った。現在の日本は、デフレから再びインフレへと転換しようとしている。ここでデフレの価値観を引きずったままにしていると、資産形成において後れを取ってしまう可能性が高い。

また、これからの10年は、人工知能やロボットという、社会生活に極めて大きな影響を及ぼすイノベーションが次々に到来してくる。ネットバブルを引き合いに出すまでもなく、イノベーションは常にバブルを引き起こしてきた。今も昔もそのメカニズムは同じである。日比谷公園の設計でも有名な東京帝国大学教授の本多静六は、イノベーションで資産を形成したはじめての個人投資家といってもよい存在だ。

(右)森泰吉郎(1904~93年)●高度成長と都市一極集中を予測し「森ビル」を創業(左)本多静六(1866~1952年)●「鉄道株バブル」で資産を形成した造園学者(写真=時事通信フォト)

本多氏はドイツに留学した際、師事したブレンターノ教授から、当時は最先端のハイテクであった鉄道株への投資についてアドバイスを受け、帰国後これを忠実に実践した。ブレンターノ教授は、テクノロジー・バブルには再現性があり、英国に遅れて近代化した日本には同じような鉄道株バブルが来る可能性が高いと主張した。その予想通り、日本でも実際に鉄道株バブルが到来し、本多氏は、現在の価値で数億円の資産を築くことに成功している。本多氏はその後、多額の寄付を行う慈善家としても知られるようになったほか、蓄財に関する著書を出版しベストセラー作家としても活躍した。