だがこうした非常事態においても、したたかに資産を形成した人もいる。西武鉄道の創業者である堤康次郎は、戦後ハイパーインフレをフル活用して、国内トップクラスの資産家となった。

堤氏は、大政翼賛会の推薦で政治家になった人物であり、一時は公職追放も受けている。しかし、戦争中から日本の敗戦と、その後のハイパーインフレによる土地価格高騰を予測しており、実際にインフレが始まると、かなり手荒な方法で資産形成に邁進した。

(右)堤康次郎(1889~1964年)●太平洋戦争後のインフレで「プリンスホテル」用地入手。(左)赤坂プリンスホテル(現在は再開発中)と、李王家邸(同別館)。戦前は大韓帝国最後の皇太子(プリンス)の邸宅地だった。(写真=時事通信フォト)

堤氏は戦後、臣籍降下に伴い経済的に困窮していた旧皇族をターゲットに、長期分割払いでの土地売却を持ちかけ、都心の一等地を次々に買い漁ったのである。インフレで土地の値段は跳ね上がるが、支払いは長期分割なので、全額を支払い終わる頃には、毎回の返済額は実質的に二束三文になる。経済に疎い旧皇族はこのカラクリを見抜けず、今日の現金欲しさに、みすみす土地を手放してしまった。堤氏の息子で西武グループを引き継いだ堤義明氏は一時、米フォーブス誌の世界長者番付の常連だったが、その基礎となった土地はこのようにして手に入れたものである。

戦後のハイパーインフレはやがて落ち着いたものの、日本は高度成長が続き、1980年代までほぼ一貫してインフレの時代が続いた。こうしたマクロ経済的な環境を事前に予測できたかできないかで、個人の資産形成には天と地ほどの差が付くことになる。

森ビル創業者の森泰吉郎は、横浜市立大学商学部の教授だったが、日本の高度成長と都市への一極集中を的確に予測し、東京都港区の虎ノ門界隈に次々とオフィスビルを建設した。やがて不動産が本業となり、学者を辞して法人化したのが現在の森ビルである。