人は周囲と自分とを見比べて「勝っている」「負けている」と一喜一憂しがちです。そのときに勝ち・負けの基準になるのは、自分ではなく社会が決めた価値観です。
社会で広く共有されている価値基準の下で、すべての人がナンバーワンになるのは不可能です。また、社会に認められたい一心で努力を重ねていると、ふと「自分は本当は何を喜びとしているか」、すなわち個人としての価値観を見失ってしまうかもしれません。すると、成功しても本人は幸福を感じられなくなってしまうでしょう。
真の意味で幸せをつかむためには、しょせんは他人の価値観にすぎない社会的評価から自由になり、自分独自の「勝利条件」を見出さなければなりません。
陸上競技を長く続けてきた私の場合、「ヒーローになること」が自分の勝利条件でした。
そもそも陸上競技では日本選手権でも観衆はわずか1000人ほど。野球やサッカーとは注目度が違います。したがって、ヒーローになりたかったら世界の舞台で勝つしかありません。
私は足の速い少年の常として、高校までは一番注目度の高い短距離走の選手でした。もし100メートルで世界大会に勝つことができたら、文句なくヒーローです。
しかし私はその後、ハードル競技に転向しました。世界ジュニア陸上競技選手権大会に参加し、世界のトップレベルを肌で知ったことが一番のきっかけでした。
「このまま100メートルで勝負を続けたら、日本では勝てても、世界でメダルに届く可能性はゼロに近い」
そう痛感したのです。一方、ハードル競技なら世界との差は大きくない、という実感も得ました。
だから私は、「世界で勝ってヒーローになる」という勝利条件を満たすには、ハードルに転向するのがいいと判断したのです。結果、世界陸上で2度も銅メダルを獲得できたのですから、理にかなった転身だったと思います。