このときGMは、中国市場向けにビュイックの設計変更を行っている。ビュイックはアメリカではファミリーカー。後部座席は子供の席だ。しかし中国では、社用車としての利用が中心となる。後部座席には中国企業の重役が座る。
そこでGMは、中国向けのビュイックでは後部座席を高くし、足を伸ばす空間を広げた。一方、エンジンのサイズは、3.5リットルから2.8リットルに削減した。これは、3リットル以上の車の使用は、大臣クラスかそれ以上の政府高官に限るとの中国の規則に合わせた対応だった。
海外で事業を展開しようとすれば、企業は現地適応化という課題を避けて通るわけにはいかない。ここを強調するのが、マルチ・ドメスティック・マーケティングである。これは、各国・地域ごとにそれぞれの市場特性を踏まえて異なる対応を行うというマーケティングで、企業がこれを徹底しようとすれば、経営の現地化を進めていくのが効果的である。現地の事情にスピーディに対応するには、現地に近いところで意思決定を行うのが一番だからである。
グローバル・マーケティングがひとつの現実を捉えているのと同様、マルチ・ドメスティック・マーケティングもまたひとつの現実を捉えている。各国・地域の異質性に対応しようとすれば、マルチ・ドメスティック・マーケティングが理に叶っている。
企業はひとつの行動原理にのめり込むな
しかし問題もある。企業が各国・地域への権限委譲を進め、現地子会社の独立性を高めていけば、この企業はやがては国内企業の寄せ集めと変わらなくなっていく。つまり、マルチ・ドメスティック・マーケティングを徹底していくと、それぞれの国・地域の現地企業との競争における、グローバル企業であることの優位性は消滅してしまうことになる。