「まだやれるまだあきらめるな!」
もう、ここまでか――。見ていた者は誰しもそう思っただろう。サッカー女子ワールドカップ決勝の延長戦、アメリカのエース、ワンバックは得意のヘディングシュートを日本ゴールに突き刺した。がっくりと下を向く日本のDFたち。世界最強と称されるアメリカの猛攻に、耐えに耐えていた日本が見せたほんのわずかの隙だった。
90分の試合では終了九分前にやっと同点にし、延長戦に持ち込んだなでしこジャパンも、今度こそは息の根を止められたかに見えた。「よくやった。銀メダルで十分じゃないか」という言葉が出そうになる。それを押しとどめたのは、キャプテン・澤穂希の姿だった。
失点の瞬間、澤は天を仰ぎ見たが、直ぐに手を叩き、チームメートを鼓舞し始めたのである。まだやれる、まだあきらめるな!
澤の声が聞こえるようだった。ピッチでは、それまで以上に、なでしこジャパンのイレブンたちが、互いに「あきらめるなー」と叫ぶようになった。
澤は日本代表のユニフォームを着て18年になる。その道のりは苦難の連続だった。男子に比べて、日陰者扱いの女子サッカー。サッカーだけで食べている選手は、日本代表でも半数に満たない。澤自身も昨年12月に所属チームの経営難からプロ契約を解除され、一時は無職の身になっている。
あきらめない姿の裏側には、ただ世界一になりたいというだけでなく、女子サッカーの未来を何としても切り開くという強い思いがある。
京セラ創業者の稲盛和夫は、「思い」の重要性を訴え続けている。何事かを成し遂げるには、強烈な思いとすさまじい願望が必要だと説く。それも潜在意識にまで沁み込ませるくらい猛烈に、と。
澤には、この強烈な思いとすさまじい願望があったのだろう。そして、なでしこジャパンにも。
アメリカのワンバックは決勝戦を振り返って、こう語っている。
「日本には『念願と希望』という強力な12人目のプレーヤーがいた。彼女らは、絶対にあきらめなかった」(ウォール・ストリート・ジャーナル)