左遷先の工場で学んだ、大切なこと

セーレンの経営は、土屋先生から学んだ経営学に照らし合わせると、まさに非常識でした。染色加工メーカーだった当社がやっていたことは、取引先から言われたとおりに作業するだけの委託下請け賃加工業です。そこには企画や開発といったクリエイティブな要素はまったくありません。このままでは会社の未来はない。自分たちで企画開発し、製造し、自分たちで売る。これが企業のあるべき姿ではないか――。セーレンの常識を否定した私の発言は問題視され、大卒で1人だけ工場勤務に配属されました。

このときは相当なショックでした。それでも5年半、現場で必死に働きました。ふり返れば、現場で汗をかいたこのときの経験が、私のサラリーマン生活のすべてだったと言っていいでしょう。現場から経営を見る、あるいは上司を見る。現場の人が何を考えているのか、現実にどのように仕事をしているのか。現場に精通し、仕事の本質を知ることができたのは、経営視点を身につけるうえで非常に勉強になりました。

左遷されながらも、なぜがんばることができたのかは、自分でもわかりません。ただあの頃は転職は一般的ではなく、会社を辞めるという選択肢はありませんでした。与えられた職場でふんばるしかなかったのです。配属先の工場の従業員たちは、工場配属の大卒社員が珍しかったせいか、私にとてもよくしてくれました。工場長は理解のある人で、私にいろいろと仕事を任せてくれたのもありがたかった。私は子どもの頃から、人とのつき合いには物おじしない性格です。仲間を募って野球部をつくり、工場対抗の試合で優勝したこともありました。これも工場の仕事や仲間に自然と溶け込めた一因かもしれません。

徳川家康が言ったように、「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し」。つねに重荷を背負っているのが人生です。重荷を背負っているからこそ、そこには幸せもあるのでしょう。地道に、愚直に、一歩一歩の積み重ね。これが私の人生です。

川田 達男(かわだ・たつお)
セーレン会長兼最高経営責任者
1940年、福井県生まれ。62年明治大学経営学部卒、同年福井精練加工(現セーレン)入社。87年社長就任。2003年より最高執行責任者(COO)兼務。05年より最高経営責任者(CEO)兼務。05年に買収したカネボウの繊維部門をわずか2年で黒字化させる。14年より現職。セーレン http://www.seiren.com/
(前田はるみ=構成)
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