小倉さんなら、どうするだろう
【木川】またHD社長に就き、創業100周年に向けて策定した長期計画を「DAN-TOTSU経営計画2019」と命名しました。これは小倉さんが81年に初めて作った中期計画「ダントツ3か年計画」の名前を踏襲し、海外の社員でも覚えられるようアルファベット表記にしたものです。小倉さんの「ダントツ」はサービス品質とお客様の評価を圧倒的に高めようというものでしたが、今回は小倉イズムの原点をおさえつつ、お客様、社員、株主、社会、それぞれのステークホルダーからの満足度の総和をダントツにしようという意味を込めたネーミングなのです。
また東日本大震災を契機に、高齢者の見守りサービス等、地方自治体と連携し地域に密着した活動を推進する「プロジェクトG(government)」もメッセージ性を意識して命名しました。従来は全国同一のユニバーサルサービスを基本としていましたから、それぞれの自治体ごとに個別のサービスを提供するのは画期的なことでした。
【竹内】震災に関しては、復興支援として宅急便1個につき10円寄付することを決断されたのも、まさにトップ自らが理念を体現して見せたといえますね。
【木川】震災が起きてから、こんな状況でいったい何ができるか思案していました。その前年の宅急便取扱個数は約13億個だったので、1個10円だと総額130億円、年間純利益の4割に相当する額になるので相当な覚悟が必要でした。株主代表訴訟のリスクもある。
11年4月1日のHD社長就任日の直前、有富さんと(前任のヤマトHD社長だった)瀬戸さんに相談すると「やるなら思い切ってやろう」と賛意を示してくれました。決めるのに要した時間は、実質数時間だったと思います。そして新社長就任日の朝礼で寄付の方針を発表したのです。財務省も交え、寄付を全額無税化するための方策を考えたのは、決めた後のことでした。
【竹内】発表時点では、まだ無税化できる目途もない中での決断だったのですね。なにがその決断を後押ししたのでしょうか。
【木川】HD社長に就任を目の前にして震災に遭遇したのは未曽有の“ピンチ”ではありましたが、社員に対し平素からいっていた「世のため人のため」「サービスが先、利益は後」という理念経営を具体的な形で見せる機会でもありました。企業が掲げる理念を、経営者が自ら行動で示す機会は、そうそうあるものではありません。そういう巡り合わせに直面した時、経営者は思い切って決断しなくてはならないのです。小倉さんがスキー宅急便の費用補填を決断したように、私の場合、それが被災地への寄付でした。
【竹内】銀行から来られた木川社長は、おそらく誰よりも財務的規律には厳しいのではないかと思うのですが、それでも躊躇なく決断できたのですか。
【木川】もちろん私は財務面には厳しいですよ。でも大きな決断にあたっては、「小倉さんだったらどうするだろう」と考えるのです。「小倉さんなら、今の環境の中、何をするだろうか。震災直後のこの状況だったら、小倉さんも宅急便1個につき10円の寄付をきっと認めてくれるだろう」と自分に言い聞かせているところはあります。