褒めるために他人をよく観察する
【竹内】理念を読み替え、発信し、体現することができる人の存在が理念浸透の鍵だと思いますが、木川社長ご自身は、どのような取り組みをされてきたのでしょうか。
【木川】私がやってきたのは、理念を風化させないよう支える仕掛けをつくったこと。それから会社がやろうとしていることを毎年のキャッチフレーズとして発信し続けたことです。
仕掛けとして導入したものに「感動体験DVD」と「満足BANK」があります。前者は、社員から仕事で感動したエピソードを公募し、それを短い映像にまとめたDVDを作成し研修で見てもらうようにしました。出来上がったDVDを見て私も涙が出たほどです。理念を言葉を尽くして伝えるよりも、これを見せる方が、各自の仕事への誇りを喚起する上で効果的です。
「満足BANK」は褒める文化を醸成することを意図して始めたものです。社内のイントラネットで、社員が互いの良い点や感謝したい点を記名式で書き込み、褒めた人にも褒められた人にもポイントがつく。貯まったポイントに応じ、銅、銀、金、ダイヤモンドのバッジがもらえ、年間獲得ポイントの上位者は表彰される仕組みです。08年に導入したヤマト運輸では、今となっては社員の約9割が参画しています。
褒めるためには、他人の仕事振りをよく観察をし、継続的にいい面を見つけようとする。それが相互の信頼関係構築を促進する効果もあります。もともと運送業界の現場は厳しく鍛えるのがあたりまえという面があります。ところが若い世代になるほど、叱られることに抵抗感を覚える人も多く、そのせいで優秀な人材が辞めてしまうのはもったいないという問題意識もありました。
【竹内】「発信」のほうはいかがでしょう。
【木川】小倉さんの言い換えは宅急便事業の本質をおさえたものだったので基本的に踏襲し、私は社員が一丸になれるよう毎年の方針を分かりやすいキャッチフレーズとして掲げることにしました。ヤマト運輸の社長に就いた際、今後4年間の改革の道筋を示しました。初年度が「チェンジ」、2年目は「チャレンジ」、3年目は「アドバンス(前進)」、4年目は「アチーブ(達成)」です。
実際には、「チャレンジ」の年にリーマンショックが起き、宅急便の取扱数がはじめて前年割れするような事態になりました。同業他社も苦しいので、こんな時こそお客様に我々の良さを認めてもらう機会だという意味で3年目を「チャンス」、4年目を「アドバンス」と変えました。「チェンジ」「チャレンジ」「チャンス」に比べ、「アドバンス」は誰もが日常的に使う英単語というほどではありませんでしたが、アイドルグループTOKIOに唄ってもらったCMソングの曲名を「アドバンス」としたことで定着したと思います。