ヤフーは3月30日、検索サイトで閲覧できるプライバシー侵害などの情報へのリンクを削除してほしいと求められた場合の削除や表記変更などの基準を公表した。ヤフーのウェブで新基準はまだ公表されていないし、私自身記者会見に出てもいないので、基準の細かい点や手続き問題などは他稿にまかせるとして、ここでは最近聞くことの多い「忘れられる権利」という考え方に関連して、ヤフー基準が生まれた背景やその意味について整理しておこう。

EUの「忘れられる権利」とは

自分に対する誤った情報や名誉棄損などの誹謗中傷、あるいは過去のふれてほしくない事件などがオンライン上に掲載されることに悩む人びとは多かった、しかも心無い人の追従でそれらの情報はあっという間にオンライン上にあふれてしまう。これらの情報をオンラインから削除してほしいという要求は当然ながら強く、プロバイダーなどに削除要求する例は多かったが、なかなか実効は上がらなかった。

こういう事情に応えようとしたのが、2012年、EU(欧州連合)の執行機関である欧州委員会が提唱した「忘れられる権利(rights to be forgotten)」である。これは事実誤認の、あるいはプライバシー侵害や名誉棄損にあたるようなデータの削除を当該者が要請すればこれを認めるべきだという考え方で、以下のような内容を含んでいた。

(1)ユーザーがもはや不要と思う個人データ(名前、写真、メールアドレス、クレジットカード番号など)は、事業者に対して削除要請できる。
(2)正当な理由がない限り、事業者は削除要請に応じなくてはいけない。
(3)深刻な違反に対しては、事業者に最大100万ユーロ(約1億円)か、売り上げの2%の罰金を科す。

EUは法案づくりに取り組んだが、総論的にはもっともな提案ながら、実際の法案作りは難航した。それは必ずしも検索サイトだけをターゲットにしたものでもなかったようだが、被害を受けている側からすると、広範に分散するオリジナル情報はともかく、その情報へのリンクが検索サイトから削除できれば、実際には多くの人の目にはふれないわけで、いろんな国で、グーグルを相手に情報へのリンクを削除するよう求める訴訟が起こされるようになった。検索サイトの影響力が大きくなったからである。

日本でも2011年、グーグルが検索の便宜のために提供している「グーグルサジェスト」で自分の名を入力すると犯罪に関連したかのような情報がリンクされて出てくるのは「プライバシーの侵害」だとして、男性会社員がグーグル本社(アメリカ)を相手取って、サジェスト機能表示差し止めの仮処分を申請している(『IT社会事件簿』参照)。自分のあずかり知らぬ中傷記事がいつの間にかネットにあふれ、その「事実」がグーグルサジェストに反映され、簡単に中傷記事に行きつくようになっていたのである。東京地裁は2012年にそれを認める決定をしている。2014年にも同じような裁判が起こされ、東京地裁は一部の削除を認める決定をした。

こういった訴訟でグーグルは一貫して、検索サイトはオンライン上の情報を検索して表示しているだけで、オリジナルな情報とは無関係であるとの立場をとっており、日本の最初の裁判例でも決定が出た後も具体的な対応をとらなかった。検索サイトのアルゴリズムを前提にする以上、とりようがなかったとも言える。