顧客は初めから心を開いてくれるわけではない。とりわけ富裕層の人々は警戒心も強い。ニコニコしすぎたり、きれいすぎる敬語を使うと、萎縮したり遠慮をする。挨拶や丁寧語は必須だが、時間が経つにつれて言い方を変え、相手が話をたくさんできるような状況をつくっていく。「言っていただける」ことが大事だ、と池末さんは言う。

「声を少し落としてゆっくりと、包み込むような感覚で接する。逆に、大阪のご商売をされている奥様のようにしゃきしゃきとご多忙な方は、フロアを歩きながらでもその方のペースで会話する。要は、その方にとって心地よいペースを探りつつ、こちら側が合わせて差し上げることが大事だと思います」

名刺入れとルイ・ヴィトンの手帳。ページを開いての撮影は、やはりNGだった。

同じ得意客でも、その日の体調や“モード”を敏感に察して対応を変える。売り手が言いたいことを言うのではなく、あくまで顧客に合わせてやり切る。言葉づかいも臨機応変、相手との距離感が微妙に変わるごとに、「左様でございますね」「そうなんですね」などと微調整してゆく。そうして顧客の忌憚ない要望を引き出す。

そのうえで、顧客のこだわりの品が店内にない場合は、丸井や大丸など他の百貨店が扱っていることを伝える場合もあるという。

「お客様ご本人も気づかなかったコーディネートをご提案できたときに、2度目のお電話やご依頼をいただいていると感じています」

顧客のどんな感情も受け止めようとする包容力と、専門知識に裏付けされた信頼の蓄積を持つ池末氏らの存在は、前向きになり始めた老舗百貨店の切り札となるに違いない。

(浮田輝雄=撮影)
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