そして売却対象としてリストアップした会社の社長一人ひとりに会いに行き、率直にお話ししました。「キリンは綜合飲料グループを目指します。この会社は残念ながらその枠の中に入っていません。したがって売却もあるし、清算もありえます」と。経営環境や市場環境はこうなっています、と理屈を話しても、どの社長もみなさん「それはわかる」と言ってくれますが、いざ自分の会社でその提案を受け入れてくれるかといえば、話は別です。「はい、わかりました」と承知する社長はただの一人もおらず、最初に言い出されるのは従業員のことでした。大きい会社なら100人以上の従業員がいて、家族も含めればその3倍、4倍の人生が存在します。そうした社員たちに対する責任がありますし、最終的にはその社長自身が社員に売却や清算の決定を伝えなければならないのです。そんな役回りは誰だって嫌でしょう。

話をした後、会食に誘っても付き合ってくれる人は誰もいませんでした。みなさん「お引き取りください」と。当たり前ですね、それだけの話を持っていったのですから。それでも1カ月後、2カ月後に再び会いに行き、「この間の件はどうですか?」と話をしていきましたが、やはり納得してはくれません。

自分で育てたホテルを最初に売却

こんな説得をやり続けても、みんな腑に落ちないだろう。そう感じた私は、旧キリンビール尼崎工場の跡地に自分が立ち上げたホテルを最初に売却することを決めました。24時間365日、寝食を忘れてずっと泊まり込んで働き、手塩にかけて育てたホテルです。一緒に汗をかいた仲間がいて、利益も出ていて、本当に身を切られる思いでした。しかし自分でつくったホテルを売却しないで他の会社を売却していくことは、みなさんの感情からも許されないと考えたのです。

ホテルの売却が発表された後、改めて社長たちにお会いすると「あれを売ってしまったんですか……」「寝ずに働いて成功させたホテルじゃないですか……」と言われました。そして私が綜合飲料戦略にどれだけ真剣に取り組んでいるかを理解してもらえるようになり、子会社の売却が進展していきました。

もし売却する子会社の社長を納得させず、「もう決まったことだから」と言って強引に売却を進めていたら、労働問題などいろいろな軋轢が起こったかもしれません。しかしわだかまりは残らず、今では説得した社長たちから「あのときは抵抗しちゃいましたけど、正しい決断でしたね」と言ってもらえます。